エミル・フランチシェク・ブリアン

エミル・フランチシェク・ブリアン（Emil František Burian, 1904年 6月11日 - 1959年8月9日）は、20世紀チェコ芸術界において多角的な才能を発揮した人物です。作曲家、劇作家、そして演出家として、その生涯は波乱に富み、チェコの現代演劇や音楽の発展に計り知れない貢献をしました。

若き日の歩みと芸術への志向

ブリアンは、ボヘミア西部の都市プルゼニに生を受けました。彼の音楽的な才能は、バリトン歌手であった父エミルや、高名なテノール歌手であった伯父カレルといった家族からの影響を強く受けて育まれました。プラハ音楽院に進み、ヨゼフ・ボフスラフ・フェルステルに作曲を師事することで、その才能をさらに磨きました。

音楽院での学びと並行して、彼は当時のヨーロッパで大きな潮流となっていた前衛芸術運動、特にダダイスムや未来派から強いインスピレーションを得ました。また、1923年にはチェコスロヴァキア共産党に入党しており、社会主義思想が彼の芸術活動や社会に対する視点に深く根差すことになります。これらの思想的・芸術的な背景が、後の彼の活動の基盤を築くことになります。

前衛劇と社会運動

音楽院を卒業した1927年、ブリアンはダダイスムの影響を受けた「ダダ劇団」や、人間の声を用いた新しい音楽表現を追求する「ボイスバンド」といった革新的なグループを立ち上げました。さらに1933年には、自身の社会主義思想を前面に出した左翼色の濃い劇場集団「D34」を創設します。「D」は劇場を意味するディヴァドロ（Divadlo）の頭文字であり、「34」はその年の西暦を表していました。この劇団は、その後の年もD35, D36…と改称を続け、彼の演劇活動の中心となります。

戦争の影と収容所生活

しかし、ヨーロッパ全体が暗い時代へと向かう中で、ブリアンもまたその波に呑み込まれます。1940年、ナチス・ドイツによる占領下で、彼はその思想や活動ゆえに逮捕され、まずテレージエンシュタット、次いでダッハウという強制収容所に送致されました。過酷な収容所生活の中でも、ブリアンはその精神を失わず、他の収容者たちと共に非合法的ながらも文化活動を組織し、希望の灯を絶やさぬよう努めました。これは、芸術が人間の尊厳を支える力を示す感動的なエピソードです。

終戦間際の1945年 5月3日、ダッハウ収容所の収容者を乗せた客船「カップ・アルコナ」が連合国軍の爆撃を受け沈没するという悲劇が起こります。多くの犠牲者が出る中、ブリアンは奇跡的にこの災難から生還を果たしました。

戦後の活動と政治への関与

戦後、故郷に戻ったブリアンは再び精力的に活動を開始します。彼は新たな劇場集団「D46」を立ち上げ、さらにブルノ国立劇場やプラハのカルリン・オペレッタ劇場の監督として、チェコの演劇界の復興と発展を牽引しました。1948年のチェコスロヴァキア政変以降、社会主義政権下ではその政治的立場から重要な役割を担うことになります。国会議員に選出され、軍内に劇団「D51」を創設するなど、文化政策の推進者として強い影響力を行使しました。彼の戦後の活動は、体制下での芸術のあり方という複雑なテーマを含んでいます。

多彩な音楽作品

作曲家としても、ブリアンは非常に多作であり、幅広いジャンルの作品を残しました。6つのオペラ、5つのバレエ音楽をはじめ、カンタータ、交響曲、室内楽曲、ジャズバンドのための作品、演劇のための付随音楽、そして映画音楽など、その創作は多岐にわたります。これらの作品は、彼の前衛的な精神や社会的なメッセージ、そして演劇との密接な結びつきを反映しています。

エミル・フランチシェク・ブリアンは、チェコの現代演劇に決定的な影響を与えた革新者であり、困難な時代を生き抜いた芸術家でした。彼の残した遺産は、今なおチェコの舞台芸術や音楽の世界に息づいています。

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