エリザヴェータ・ヴォロンツォヴァ

エリザヴェータ・ロマノヴナ・ヴォロンツォヴァ：権力と愛の狭間で生きた18世紀ロシアの貴婦人

エリザヴェータ・ロマノヴナ・ヴォロンツォヴァ (1739-1792) は、ロシア帝国の歴史において特筆すべき存在です。彼女は、決して美しいとは言えない容姿ながら、皇帝ピョートル3世の寵愛を一身に受け、皇后エカチェリーナ・アレクセーエヴナ（後のエカチェリーナ2世）をも凌駕するほどの地位にまで上り詰めました。その波瀾万丈の人生は、権力闘争とロマンス、そして悲劇が複雑に絡み合った物語です。

ヴォロンツォフ家は、エリザヴェータが生まれた当時、ロシア帝国で絶大な権力を誇っていました。彼女の父ロマン・ヴォロンツォフはウラジーミル、ペンザ、タンボフ、コストロマなど複数の都市を領有し、彼女の叔父ミハイル・ヴォロンツォフは女帝エリザヴェータ・ペトロヴナ治世末期に宰相に就任するなど、一族は帝国の最上位貴族層に君臨していました。このような環境で育ったエリザヴェータは、幼少期から恵まれた地位を享受しました。しかし、彼女の容姿は決して恵まれたものではありませんでした。記録によると、彼女は「兵士のように悪態をつき、目は斜視で臭いがひどく、おまけに話しながら唾を飛ばす」とされており、当時の宮廷の人々からは酷評されていました。フランス人外交官のル・トノリエは、彼女の容姿を「最も身分の卑しいスカラリーメイド」と評するほどでした。エカチェリーナ2世自身も、彼女を「オリーヴ色の肌をした、とても醜く、非常に不潔な子供」と記しています。

1750年、母マルファが死去した後、11歳のエリザヴェータはエカチェリーナ・アレクセーエヴナ大公妃（後のエカチェリーナ2世）の宮殿で仕えることになります。それでも、皇太子ピョートル・フョードロヴィチ大公（後のピョートル3世）は彼女を深く愛し、宮廷はピョートルを思いとどまらせるのに苦慮しました。ピョートルは彼女を「私のロマノヴァ」と呼び、その一方でエカチェリーナ2世は「新しいポンパドゥール夫人」と皮肉を込めて呼びました。これは、フランス王ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人に例え、彼女の地位への皮肉と嫉妬が表れていると解釈できます。

1762年、ピョートル・フョードロヴィチがピョートル3世として即位すると、エリザヴェータは聖エカチェリーナ勲章を授与され、皇帝の寵愛をさらに深めました。皇帝は彼女のために冬宮殿に部屋を用意し、二人で小旅行やアバンチュールを繰り返しました。その仲睦まじい様子から、外国の駐露大使はピョートル3世がエカチェリーナ2世と離婚し、エリザヴェータと結婚する計画だと報告するまでに至りました。これらの噂は、エカチェリーナ2世の側近であるエカチェリーナ・ダーシュコワとエカチェリーナ2世がクーデターを決行するきっかけになったと考えられています。

ピョートル3世の即位はわずか6ヶ月で終わります。エカチェリーナ2世によるクーデターで帝位を追われた後、ピョートル3世は不可解な死を遂げます。その死にはエカチェリーナ2世の関与があったかどうかは、現在でも論争の的です。ピョートル3世廃位後、エリザヴェータは彼と離れ離れになり、彼と再び会うことは許されませんでした。エカチェリーナ2世は回想録の中で、ヴォロンツォヴァ一族を厳しく非難しており、彼らをピョートル3世のクーデターに加担したと非難しています。

ピョートル3世が廃位され、重臣が次々と寝返る中、エリザヴェータは最後まで彼を支えました。彼女は彼と共に故郷のホルシュタインで余生を過ごすことを望んでいましたが、彼の突然の死によってその願いは叶えられませんでした。エリザヴェータ・ロマノヴナ・ヴォロンツォヴァの人生は、権力と愛、そして悲劇が複雑に絡み合った、ドラマチックなものであったと言えるでしょう。彼女の物語は、18世紀ロシア帝国の宮廷政治の暗部を垣間見せてくれる貴重な資料となっています。

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