オオトビサシガメ

オオトビサシガメ Isyndus obscurus

オオトビサシガメ（学名：Isyndus obscurus）は、カメムシ目に属するサシガメ科の昆虫です。日本国内に生息するサシガメ類の中でも特に大きな体を持つ一種として知られており、冬の寒さをしのぐために人家に侵入することもあります。

形態

成虫の体長は通常20mmから27mmに及び、平均的な個体は約23mmです。この体長は日本のサシガメとしては最大級の部類に入ります。全身が茶褐色で、細かい黄色の柔らかい毛が密生しているのが特徴です。その体つきは非常にがっしりとしています。

頭部は細長く、背面は黒みを帯びています。複眼は光沢のある黒色で、左右の複眼を結ぶ線は単眼の前方を通過し、ここに横方向の溝が見られます。触角は非常に長く、褐色で4つの節からなります。第2節の先端側半分は黒く、最も長いのは第1節、次いで第3節が長くなっています。

前胸背は後方に向かって幅が広がり、前面部分は隆起しており、その中央には縦方向の溝があります。前胸背の前半部の側面先端はわずかに棘状に突出し、最も幅広い後方の両側も張り出しています。小楯板の中央部分は盛り上がっています。

前翅は腹部の後端にまで達する十分な大きさがあり、特に膜質部は大きくてやや銅色の光沢を帯びています。腹部の側面にある結合板は、雄ではあまり顕著ではありませんが、雌ではよく発達して左右に張り出しており、暗褐色に各節の後端が淡い色になっています。

歩脚は非常に強大で、体の下面と共に茶褐色を呈しています。全身を覆う柔らかい毛は、歩脚や体下面で特に目立ちます。

雌雄の間に見られる性的二形として、腹部の幅に違いがあります。雄の腹部は前胸背よりも狭いのに対し、雌の腹部は前胸背よりもかなり幅広くなっています。

生態

オオトビサシガメは主に山地の樹上を活動の場としています。その食性は肉食性で、主に小型の昆虫などを捕獲して捕食します。ある研究では、特に越冬の前後にかけて、農業害虫であるクサギカメムシを頻繁に捕食している様子が観察されています。

越冬は成虫の状態で、樹皮の下や木の幹の洞など、隠れた場所で行われます。これらの場所で集団を形成することもあります。越冬のために集まり始めた初期の段階では、同じように越冬のために集合するクサギカメムシを捕食している様子や、集団内で交尾が行われることも報告されています。しかし、越冬場所として家屋や人間の建物を選んで侵入することが少なくなく、これが人間との間で問題となる原因の一つとなっています。

飼育下での観察記録によると、越冬を終えた雌は4月頃から活動を始め、当初は5日に1頭程度の頻度で餌を捕食します。5月中旬には産卵を開始し、産卵期には1日に1～2頭の餌を捕食しながら産卵を続け、6月下旬頃に死亡します。卵は筒状で、長さ約2.8mm、幅約1mmです。一つの卵塊には平均約21個（13個～27個）の卵がまとめて産み付けられます。

分布と生息環境

オオトビサシガメは、日本の本州、四国、九州、対馬に分布しています。国外では、朝鮮半島、中国、ブータン、インド、パキスタンなど広範囲に生息しています。

生息環境は主に山地の樹上です。古くから比較的よく見られる普通種として知られており、いくつかの図鑑でも「希でない」「よく見られ」といった記述が見られます。特定の調査では、害虫であるクサギカメムシの個体数の約1割程度のオオトビサシガメが生息していることが確認された例もあります。

近縁種と類縁関係

オオトビサシガメは、オオトビサシガメ属（Isyndus）に分類されます。この属には本種を含めて6種が知られており、主にニューギニアからインドにかけての地域に分布していますが、日本国内にはオオトビサシガメ一種のみが記録されています。

日本産のサシガメの中では非常に体格が大きく、そのがっしりとした体つきから他の種との識別は容易です。体長を比較すると、例えば一般的なシマサシガメが13mm～16mm、大型種とされるヨコヅナサシガメでも16mm～24mm程度ですが、オオトビサシガメは20mm～27mmと、これらを上回る大きさになります。日本産のサシガメ科で、このオオトビサシガメと同等またはそれ以上の大きさに達する種は他にほとんどいないとされています。

人間との関わり

多くのサシガメ類は肉食性で昆虫などを捕食しますが、人間が不用意に捕まえたり刺激を与えたりすると、防御のために鋭い口吻で刺すことがあります。オオトビサシガメによる刺咬は非常に激しい痛みを伴うことがよく知られており、複数の昆虫関連の文献や図鑑でも、その痛みが強く、しばらく続くことが特記されています。サシガメによる刺咬被害の事例として、オオトビサシガメの名前が挙げられることが多く、本種による被害報告が比較的多いことを示唆しています。

また、オオトビサシガメは越冬のために成虫が集団で物陰に集まる習性がありますが、その集合場所に人家や建物をしばしば選ぶことがあります。これにより、大量の個体が家屋内に侵入し、問題となる事例が発生しています。東北地方で行われた家屋へのカメムシ類侵入調査では、調査対象の建物の大部分で集団侵入が見られ、その主要な侵入種の一つとしてオオトビサシガメが挙げられています。

一方で、オオトビサシガメはクサギカメムシのような農業害虫を含む様々な昆虫を捕食するため、人間にとって有益な益虫としての側面も持ち合わせています。前述のクサギカメムシに関する研究では、オオトびサシガメが越冬期にクサギカメムシを積極的に捕食しており、この時期のクサギカメムシの個体数変動に影響を与えている可能性が指摘されています。このように、人間にとっては不快害虫や刺咬被害の原因となることがある反面、農業上の益虫としての側面も併せ持つ昆虫と言えます。

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