ヨコヅナサシガメ

ヨコヅナサシガメについて

ヨコヅナサシガメ（学名：Agriosphodrus dohrni）は、カメムシ目サシガメ科に分類される昆虫です。日本に生息するサシガメの仲間としては、オオトビサシガメと並び、最大級の大きさを誇ります。

形態的特徴

成虫の体長はおよそ16ミリメートルから24ミリメートルになります。全身が光沢のある黒色で、頭部は細長い形状をしています。腹部の縁に沿って左右に大きく広がる腹部結合板は、白色地に黒い斑紋が入ります。この模様は、成虫では黒い部分が縁まで達しないことが多く、まるでピアノの鍵盤のように見えます。一方、幼虫期の腹部結合板は、白と黒の斑紋が単純に交互に並びます。興味深いことに、羽化して間もない、まだ外骨格が固まっていない段階では、鮮やかな赤色をしています。

生態

本種は、成虫も幼虫も主にサクラ、エノキ、ケヤキ、クワ、ヤナギ、クスなどの大木の樹上で生活しています。カメムシの仲間がそうであるように、不完全変態を経て成長します。春から夏にかけての活動期には、成虫は樹木の高い梢や葉の上で単独で活動していることが多く、人の目に触れる機会は限られます。しかし、産卵期になると木の幹の、概ね人の目の高さくらいの場所に降りてきて卵を産み付けます。

幼虫は孵化後、特に若齢期には孵化場所のすぐ近くで摂食活動を行い、その後集合場所に戻ります。3齢以降になると、集合場所を移動する個体も見られます。本種は幼虫で秋から翌年の春にかけての長い越冬期間を過ごすため、この時期には比較的よく目にすることができます。特に秋から冬にかけては、樹幹のくぼみや樹洞に、数十から数百匹もの非常に密度が高い大規模な集団を形成します。

捕食行動

ヨコヅナサシガメは、幼虫、成虫ともに肉食性で、樹幹や枝、葉の上を徘徊して他の昆虫などを捕獲します。獲物を見つけると、細長い口吻（口器）を突き刺し、消化酵素を送り込んで体外消化を行います。その後、溶かされた体内組織と体液を混ぜたものを吸汁して栄養を摂取します。不用意に触れるとこの口吻で刺される危険性があり、刺されると激しい痛みを伴うため注意が必要です。

主な捕食対象は、樹上に生息する毛虫や芋虫の仲間ですが、ダンゴムシなどを捕らえることもあります。特に、原産地を同じくする外来種であるヒロヘリアオイラガの幼虫にとっては、ヨコヅナサシガメが主要な天敵の一つであると考えられています。

生活環と集合生活の理由

成虫は概ね6月頃に産卵し、卵は8月頃に孵化します。その後、幼虫は集団で越冬し、木の幹のくぼみなどでじっと過ごします。翌年の春に終齢幼虫から脱皮して成虫となります。

幼虫が集合して生活するのは、単独では捕らえるのが難しい大きな獲物を集団で仕留めることで、捕食できる獲物のサイズの上限を広げ、食糧を得る機会をより多く、確実に確保するためだと考えられています。実験によって、複数のヨコヅナサシガメ幼虫が一匹の大型昆虫を共同で狩る場合、狩りの成功率が有意に上昇し、さらに仕留めた獲物からは、集合した幼虫の全てが十分に満腹できるだけの分け前を得られることが確かめられています。

幼虫期に高密度な集団で生活する本種ですが、原則として共食いをすることはありません。これは、同種個体に対する攻撃を抑制する何らかのメカニズムが働いているためと考えられています。ただし、孵化中の初齢幼虫については、同じ種の他の個体から捕食される被害が見られることがあり、孵化完了後はこれが一切起こらなくなる理由はまだ解明されていません。

母虫は、幼虫の生存率が最も高くなる場所として樹幹のくぼみを産卵場所に選び、次に枝の又を選びます。これは単に過密を避けるためだけでなく、既に産み付けられて孵化・生活を開始している同種の幼虫から、自分の子が捕食されるのを防ぐためだと考えられています。幼虫は孵化後3日ほどは摂食活動を行いません。そのため、既に窪みに産み付けられている卵が、自分が産む卵よりも大幅に先行して孵化するほど日が経っていないと判断した場合、母虫は多くの卵が既に存在していてもそこに産卵するようです。しかし、母虫が目の前の卵の産卵日を具体的にどのように見分けているのかは明らかになっていません。

分布

本種の原産地は中国から東南アジアにかけての地域です。日本には人為的に移入された外来種であり、昭和初期にこれらの国からの貨物に紛れ込んで九州に定着したと考えられています。その後、徐々に生息域を拡大し、1990年代には関東地方でも確認されるようになりました。近年では、さらに分布を北へ広げ、東北地方南部でも生息が確認されています。

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