オトマール・シェック

オトマール・シェック（Othmar Schoeck, 1886年 9月1日 - 1957年 3月8日）は、20世紀スイスを代表する作曲家の一人です。生涯を通じて300曲を超える膨大な数の歌曲を作曲し、ピアノ伴奏付き、管弦楽伴奏付き、あるいは様々な編成の合唱曲など、声楽作品の分野で重要な足跡を残しました。また、歌劇、協奏曲、室内楽など、多岐にわたるジャンルの作品を遺しています。国際的な知名度は一時停滞していましたが、1980年代半ば以降、著名な演奏家たちの尽力により、彼の作品に対する再評価が本格的に進められています。

経歴

シェックは1886年、スイス中部のシュヴィーツ州ブルンネンに生まれました。父アルフレート・シェックは風景画家であり、当初は父の跡を継ぐべく短期間ですがチューリッヒの美術学校に学びました。しかし、彼は音楽の道を選び、美術学校を中退してチューリッヒ音楽院に入学しました。音楽院での学びを終えた後、ドイツのシュトゥットガルトでマックス・レーガーと出会い、1907年から1908年にかけてライプツィヒ音楽院でレーガーに師事しました。

スイス帰国後は、指揮者として活動を開始し、チューリヒの合唱団やザンクト・ガレンのオーケストラを率いました。しかし、次第に作曲家としての活動に重心を移していきます。第一次世界大戦中をチューリヒで過ごし、この時期にはピアニストのマリー・ド・サンジェールとの関係もありました。彼の音楽スタイルは、パリで触れたフランス六人組の音楽に影響を受け、伝統的な調性からの脱却を試みました。また、一時的にはアルバン・ベルクの音列技法にも関心を示しています。しかし、1930年代に入るとモダニズムからは距離を置き、再び調性音楽へと回帰しました。その調性は、単純な復古ではなく、19世紀末から20世紀初頭にかけて見られたような拡張されたハーモニーと自由な転調を特徴とする独自の探求でした。興味深いことに、この調性回帰の時期は、ナチス・ドイツからの優遇を受けた時期と重なっており、この関係性が戦後の彼の評価においてある種のタブー視につながった側面があります。

作曲活動と並行して、シェックはピアニストとしても活躍しました。特にチューリヒ歌劇場で活動した歌手たち、中でもテノールのエルンスト・ヘフリガーの伴奏を務め、自身の歌曲の録音を残しています。音楽家仲間としては、指揮者のフォルクマール・アンドレーエやフリッツ・ブルンと親密な関係にありました。また、文学者のヘルマン・ヘッセや画家のフランツ・ヴィーゲレといった芸術家とも交友があり、ヘッセやブルンとは共に旅に出ることもありました。1945年にはスイス音楽家協会作曲家大賞を受賞しています。1957年、チューリッヒで70歳で亡くなりました。

作品

シェックの作品は多岐にわたり、歌劇や数多くの声楽曲に加え、器楽曲も重要な位置を占めます。フーゴー・ヴォルフ以降のドイツ語圏における歌曲の大家の一人と評されており、詩の感情や情景を繊細かつ深く音楽で捉えたリートや連作歌曲には傑作が多く含まれています。代表的な歌曲集としては、ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフやニコラウス・レーナウの詩による_《悲歌》作品36_（1921-22年）、ヘルマン・ヘッセの詩に作曲した_《十の歌》（ヘッセ歌曲集）作品44_（1929年）、レーナウやゴットフリート・ケラーの詩を用いたバリトンと弦楽四重奏のための_《夜曲》作品47_（1933年）、歌曲集_《星々の下で》作品55_（1941-43年）、_《静謐なる輝き》作品60_（1946年）、メーリケ歌曲集_《心もて足るを知る》_（1947-49年）などが挙げられます。

器楽曲としては、2曲の弦楽四重奏曲、3曲のヴァイオリン・ソナタ、バスクラリネットとピアノのためのソナタ、遺作となったチェロ・ソナタ、チェロ協奏曲、弦楽合奏のための_《夏の夜》作品58_などがあります。特に_《ヴァイオリン協奏曲「幻想曲風に」》作品21_は、日本のクラシック音楽ファンの間でシェックの名前が知られるきっかけの一つとなりました。この作品はヴァイオリニストのシュテフィ・ゲイエルに献呈されており、バルトーク・ベーラの同名曲（第1番）と同様に、作曲家のゲイエルへの恋愛感情が着想源になったと言われています。

歌劇の分野でも多くの作品を手掛けており、特に_《ペンテジレーア》作品39_は、その劇的な内容と音楽により再評価されています。その他、_《ドン・ラヌード》_、_《ウェヌス》_、_《漁師とその妻》_、_《マッシミッラ・ドーニ》_、_《デューランデ城》_といった作品があります。若い頃の習作とされる歌劇_《ジルバー湖の財宝》_が近年発見されたことも話題となりました。

再評価

シェックの作品、特に歌曲は、生前から一定の評価を得ていましたが、彼の死後、国際的な知名度は必ずしも高くありませんでした。しかし、1980年代半ば頃から、バリトンのディートリッヒ・フィッシャー＝ディースカウやソプラノの白井光子といった世界的演奏家たちが、彼の歌曲を積極的に録音・演奏する活動を粘り強く続けました。この地道な努力が実を結び、現在ではシェックは20世紀のスイス音楽を代表する作曲家として、またドイツ語歌曲の重要な後継者の一人として、改めてその豊かな音楽世界が広く認識されるようになっています。

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