オトマール・スウィトナー

オトマール・スウィトナー：カペルマイスターの伝統を継ぐ巨匠

オトマール・スウィトナー（Otmar Suitner, 1922年5月16日 - 2010年1月8日）は、20世紀後半を代表するオーストリアの指揮者です。シュターツカペレ・ドレスデン、シュターツカペレ・ベルリンといった名門オーケストラを率い、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナー、リヒャルト・シュトラウスといったドイツ音楽の巨匠たちの作品で、その卓越した解釈と音楽性を示しました。また、ウィーン国立音楽大学で後進の指導にもあたり、多くの才能を育成しました。日本語ではオットマール・スウィトナーとも表記されます。

生涯

幼少期と学生時代

1922年、スウィトナーはドイツ人の父とイタリア人の母の間に、オーストリアのインスブルックで生まれました。幼少期から音楽に親しみ、インスブルック市立音楽院でピアノを学び始めます。その後、ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院に進学し、フランツ・レドヴィンカにピアノを、クレメンス・クラウスに指揮を師事しました。また、指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーとも親交を深め、大きな影響を受けました。

スウィトナーはインタビューで、師のクラウスについて「非常に厳しい先生だったが、音楽に対する情熱と、音楽家としての責任感を教えてくれた」と述べています。

キャリア初期

クラウスの勧めで、スウィトナーは教会の合唱団の指揮者を務め、1942年にはインスブルックのチロル州立劇場の指揮者に就任。リヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』を自ら小編成用に編曲して指揮し、デビューを飾りました。この公演を聴いたシュトラウスは、スウィトナーを称賛したと伝えられています。

その後、ピアニストとしても活動し、ウィーン、ローマ、ミュンヘン、スイスなどでコンサートを行いました。1952年にレムシャイト市の音楽監督として指揮活動を再開、1957年にはプファルツ管弦楽団の音楽監督に就任し、各地で客演を重ねました。

ドレスデン国立歌劇場時代

1960年、スウィトナーはシュターツカペレ・ドレスデンの音楽総監督兼首席指揮者に就任しました。スウィトナーとシュターツカペレ・ドレスデンのコンビは、特にモーツァルトの演奏において「東ドイツに並ぶものはいない」とまで評されるほどの高い評価を得ました。モーツァルトの他、同時代の作曲家の作品も積極的に取り上げ、東欧諸国やソ連への演奏旅行も行いました。1961年には『薔薇の騎士』初演50周年記念公演を成功させましたが、1964年にはベルリン国立歌劇場に移ることになりました。

スウィトナーはシュターツカペレ・ドレスデンを「時代や混乱を通じても自らに誠実であり続けた理想的かつ完璧な楽器」と評し、深い愛情を示しました。2002年の80歳の誕生日には、ドレスデンの旧友たちと共にゼンパー・オーパーに姿を見せました。

ベルリン国立歌劇場時代

1964年、スウィトナーはベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任し、1990年までその任を務めました。この期間、シュターツカペレ・ベルリンは、演奏旅行の回数、録音の数、聴衆動員数などあらゆる面で過去の記録を塗り替え、ディスクの売れ行きも好調でした。スウィトナーは、前任者の路線を踏襲しつつ、新たなレパートリーを開拓し、西側からも人材を登用しました。当時のベルリンは東西に分断されていましたが、スウィトナーの活躍は東側を代表するオーケストラとしてシュターツカペレ・ベルリンの名声を高めました。スウィトナーは、当時半ば禁止されていた現代音楽も積極的にプログラムに取り入れたため、当局と衝突することもあったと伝えられています。

音楽評論家の小石忠男は、スウィトナー時代のシュターツカペレ・ベルリンについて「従来の強固で重厚なアンサンブルに、透明度と柔軟性を加えた」と評しています。

世界各地での活躍

スウィトナーは、1964年から1967年までバイロイト音楽祭に出演し、『タンホイザー』、『さまよえるオランダ人』、『ニーベルングの指環』を指揮しました。また、1971年には初めてNHK交響楽団を指揮し、聴衆と楽団員から絶賛され、1973年には「名誉指揮者」の称号を贈られました。音楽評論家の宇野功芳は「彼が振るN響の弦が時にウィーン・フィルのような響きを出すのを聴いた方は多いと思う」と述べています。

その他、サンフランシスコ・オペラ、ウィーン国立歌劇場、ボリショイ劇場、ボストン交響楽団など、世界各地の歌劇場やオーケストラに客演しました。東ドイツのイデオロギーを普及させる目的で中東での音楽活動も支援しており、カイロでコンサートを行った際には「とても大きな反響があるので、カイロで演奏するのは私たちにとって喜びだ」とコメントしています。

晩年

1980年代後半から体調を崩すことが多くなり、1990年にはパーキンソン病のため事実上引退しました。音楽評論家の國土潤一は、引退前のスウィトナーの演奏は往時の精彩を欠いていたと述べています。

2010年1月8日、スウィトナーは87歳で亡くなりました。その訃報は、ベルリンの主要紙をはじめ、世界中のメディアで報道されました。葬儀はベルリンのカトリック司教座である聖ヘドヴィヒ大聖堂で執り行われ、シュターツカペレ・ベルリンがレクイエムを演奏しました。また、スウィトナーの追悼盤として、シュターツカペレ・ベルリンとの『魔笛』、NHK交響楽団との『英雄の生涯』がリリースされました。スウィトナーの墓所はベルリンのドロテーエンシュタット墓地にあります。

演奏スタイル

レパートリー

スウィトナーは、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナー、リヒャルト・シュトラウスといったドイツ音楽の巨匠たちの作品を得意としました。イタリアの作品にも造詣が深く、同時代の作曲家の作品も積極的に取り上げ、ハンス・アイスラー、ルイジ・ダラピッコラなどの作品を指揮しました。また、パウル・デッサウの『プンティラ』、『アインシュタイン』、『レオンスとレナ』といった作品の初演も行いました。

リハーサル

スウィトナーのリハーサルは、穏やかで優しい雰囲気だったと言われています。オーケストラ団員には「みなさんよくお弾きになっているんですが、どうしてもお一人だけお分かりじゃない方がいらっしゃる」と、特定の団員を見つめながら指示を与えていたそうです。NHK交響楽団のコンサートマスターを務めた堀正文は、スウィトナーの指示について「普段おっとりしているぶん、強い言葉で指示をしたときはとても迫力があった」と述べています。

指揮姿

スウィトナーの指揮は、力強さよりも内面から湧き出るエネルギーが特徴的でした。NHK交響楽団のクラリネット奏者である西村初夫は「一見、田舎のおっさんでしたが、ひとたび棒を振ると人間がまったく変わる。ひと回りもふた回りも大きく見えてきて、“こりゃいかん”と緊張させられるのです」と述べています。音楽評論家の小石忠男は「テンポが音楽の内容と完全に密着して、はやすぎず、おそすぎず、実に中庸・妥当でありながら、決して推進力や緊張感を失わない」と評しています。

人物

スウィトナーは、チェーンスモーカーであり、酒も愛しました。気さくな人柄で、オーケストラの団員たちと交流することも多く、日本を訪れた際には、NHK交響楽団の団員たちと食事会を開き、場を和ませたそうです。また、東ベルリンに妻がいた一方で、西ベルリンに愛人がおり、その愛人との間に子供もいました。この複雑な人間関係は、ドキュメンタリー映画『父の音楽〜指揮者スウィトナーの人生』で描かれ、話題を呼びました。

顕彰歴

スウィトナーは、数々の賞を受賞しています。1965年には東ドイツの国家芸術賞を授与されましたが、その賞金をカトリック教会に寄付し、教皇パウロ6世から勲章を受けました。

レコーディング

スウィトナーは、ドイツ・グラモフォン、オイロディスク、ドイツ・シャルプラッテン、DENONなどのレーベルで数多くの録音を行いました。特にシュターツカペレ・ベルリンとのベートーヴェン交響曲全集は名盤として知られています。

教育活動

1988年からは、ウィーン国立音楽大学で指揮科主任教授として後進の指導にあたり、オリヴァー・フォン・ドホナーニ、ベアート・フラー、タマジュ・スヴェテ、アフマド・エルサエディなど多くの有能な指揮者を育成しました。

評価

『インデペンデント』紙はスウィトナーについて「カペルマイスターの伝統を受け継ぐ最後の1人」と評しました。音楽評論家の歌崎和彦は、スウィトナーの演奏について「自分の個性を強く押し付けることはないが、確かな様式感と良い意味での職人性がひとつになった真摯な演奏は、いきいきと格調が高い」と述べています。

一方で、ウィーン国立歌劇場での『さまよえるオランダ人』の公演は、聴衆からブーイングを受けました。また、サンフランシスコ・オペラでの『ニーベルングの指環』公演は、『タイム』誌で「興奮するような瞬間はほとんどなく、サウンドは全てひどかった」と酷評されています。

オトマール・スウィトナーは、20世紀後半のクラシック音楽界を代表する巨匠であり、その音楽性と人間性は、今日でも多くの音楽ファンを魅了し続けています。

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