オンファールの糸車

カミーユ・サン＝サーンス作曲 交響詩『オンファールの糸車』

『オンファールの糸車』（Le Rouet d'Omphale）作品31は、フランスの作曲家カミーユ・サン＝サーンスによって作曲された交響詩です。この作品は、ギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスと、彼が仕えたとされる小アジアの女王オンファールとの物語を題材としています。

サン＝サーンスは、17歳の時にフランツ・リストと出会い、互いに深い尊敬の念を抱いていました。30代後半から40代前半にかけて、サン＝サーンスはリストが創始した交響詩という形式に興味を持つようになり、『死の舞踏』を含む4つの交響詩を作曲しました。これらの作品には、サン＝サーンスの知的で均整の取れた作風と、卓越したオーケストレーションの才能が遺憾なく発揮されています。また、4曲のうち3曲がギリシャ神話を題材としていることは、サン＝サーンスの古典に対する深い知識を示すものとして注目されています。

『オンファールの糸車』は、サン＝サーンスが作曲した4つの交響詩の中で最も早く、1871年（当時36歳）に作曲されました。この作品は、当初2台のピアノのために作曲され、1871年12月7日にサン＝サーンス自身とアレクシス・ド・カスティヨンによって初演されました。その後、管弦楽版が1872年に完成し、同年4月14日にコンセール・ポピュレールによって初演されました。さらに、サン＝サーンス自身によってピアノ独奏版も作られています。

この作品は1872年に出版され、オーギュスタ・オルメスに献呈されました。オルメスは、この作品におけるオンファールのモデルになったと言われており、2台ピアノ版の初演を担当する予定でもありました。

作品の背景：英雄ヘラクレスと女王オンファール

ヘラクレスは、ギリシャ神話の主神ゼウスとアルゴス王の娘アルクメネーとの間に生まれた英雄であり、その名前は剛力無双の勇者を意味する代名詞となっています。しかし、ゼウスの妻ヘラの怒りを買い、発狂して妻子を殺害してしまうなど、非常に情緒不安定な一面も持ち合わせていました。『オンファールの糸車』は、ヘラクレスが2度の殺人の罪を償うために、小アジアの女王オンファールの下で奴隷として働いていた時の物語を描いています。

オンファールは、男装を好んだとされる美しい女性であり、ヘラクレスはその魅力に囚われ、3年間彼女のご機嫌取りに明け暮れていました。この作品は、ヘラクレスの姿を借りて、女性の持つ魅力を表現していると言えるでしょう。

楽曲構成

曲は6/8拍子、イ長調で、アンダンティーノのテンポで演奏されます。演奏時間はおよそ9分です。楽曲は主に3つの部分で構成されています。

最初の部分では、弱音器を付けた第1ヴァイオリンとフルートによって、6連符の細かい音型が現れます。これは女王オンファールの回す糸車を暗示しており、中間部を除いて全曲を通して登場します。続けて、フルートと第1ヴァイオリンが、挑発的なオンファールの主題を奏でます。

中間部では、弦楽器と管楽器によって男性的な主題が現れます。これは、鎖に縛られて苦悶するヘラクレスの姿を表していると作曲者自身が語っています。この力強い主題は、やがてオンファールの魅力に屈服するように力を失っていきます。

最後に、最初の部分が再び繰り返され、女性の力を象徴するかのように糸車の主題だけが残り、静かに曲を閉じます。

この作品は、サン＝サーンスの優れたオーケストレーション技術と、物語を音楽で表現する才能が遺憾なく発揮された作品と言えるでしょう。

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