オン・ザ・コーナー

オン・ザ・コーナー：マイルス・デイヴィスの実験精神が刻まれた金字塔

『オン・ザ・コーナー』（On The Corner）は、ジャズの歴史を常に塗り替えてきたトランペット奏者、マイルス・デイヴィスが1972年に世に送り出したアルバムです。この作品は、当時のマイルスの音楽的探求の方向性を色濃く反映しており、特に人気バンド、スライ＆ザ・ファミリー・ストーンから受けた影響が顕著であると言われています。

アルバム全体を貫くのは、強烈なファンクのリズムとグルーヴです。従来のジャズの枠にとどまらない、反復されるビートとエレクトリック楽器を多用したサウンドは、当時の音楽シーンにおいても異彩を放っていました。マイルス自身のトランペット・ソロは比較的控えめであり、アンサンブル全体で作り出される音響やリズムパターンに焦点が当てられています。このアプローチは、一部の評論家やリスナーからは戸惑いや批判をもって迎えられ、「問題作」と評されることも少なくありませんでした。

しかし、発表から時を経て、特にマイルスが逝去した後のクラブミュージックの隆盛期において、『オン・ザ・コーナー』は改めてその価値を評価されることになります。反復的なリズム構造や緻密に構築されたサウンドレイヤーは、後のダンスミュージックやエレクトロニカといったジャンルに大きな影響を与えたとして、その革新性が再認識されたのです。かつての問題作は、クラブシーンの源流の一つとして、その地位を確立しました。

このアルバムの制作には、数多くの著名なミュージシャンがレコーディングに参加しました。一時マイルスのバンドを離れていたハービー・ハンコックが再び呼び戻されたほか、既に自身のグループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーを結成していたチック・コリア、そしてマハヴィシュヌ・オーケストラを率いていたジョン・マクラフリンといった、当時のフュージョン界を牽引する面々が集結。加えて、エレクトリック・シタールやタブラといった非西洋的な楽器の奏者も参加しており、まさにジャンルを超えたオールスターセッションのような様相を呈しました。彼らが織りなす複雑で実験的な演奏が、このアルバム独特のサウンドを生み出しています。

『オン・ザ・コーナー』のレコーディングセッションからは、膨大な量の音源が生まれました。2007年には、これらの未編集ヴァージョンや関連音源を含む6枚組のCDボックスセット『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』がリリースされ、アルバムがどのように構築されたのか、その制作過程の深淵に触れることができるようになりました。

収録曲

全曲マイルス・デイヴィス作曲。

オン・ザ・コーナー / ニューヨーク・ガール / シンキン・ワン・シング・アンド・ドゥイン・アナザー / ヴォート・フォー・マイルス (20:02)
ブラック・サテン (5:20)
ワン・アンド・ワン (6:09)
ヘレン・ビュート / ミスター・フリーダム X (23:18)

主な演奏メンバー

マイルス・デイヴィス (Miles Davis) - エレクトリック・トランペット、オルガン
デイヴ・リーブマン (Dave Liebman) - ソプラノ&テナー・サックス
ベニー・モウピン (Bennie Maupin) - バスクラリネット
チック・コリア (Chick Corea) - フェンダー・ローズ、キーボード
ハービー・ハンコック (Herbie Hancock) - フェンダー・ローズ、キーボード
レジー・ルーカス (Reggie Lucas) - ギター
ジョン・マクラフリン (John McLaughlin) - ギター
カリル・バラクリシュナ (Khalil Balakrishna) - エレクトリック・シタール
マイケル・ヘンダーソン (Michael Henderson) - エレクトリックベース
ジャック・ディジョネット (Jack DeJohnette) - ドラム
アル・フォスター (Al Foster) - ドラム
ジェームズ・エムトゥーメ (James Mtume) - パーカッション
バダル・ロイ (Badal Roy) - タブラ
ポール・バックマスター (Paul Buckmaster) - チェロ
* テオ・マセロ (Teo Macero) - サックス

このアルバムは、マイルスのキャリアにおける最も大胆な実験の一つであり、その後の音楽に多大な影響を与えた、避けては通れない重要作と言えるでしょう。

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