オーボエ協奏曲 (リヒャルト・シュトラウス)

リヒャルト・シュトラウス：オーボエ 協奏曲 ニ長調 AV.144

リヒャルト・シュトラウス（1864-1949）がその晩年に作曲した管楽器のための協奏曲群の中でも、特に重要な位置を占めるのが「オーボエ協奏曲ニ長調 AV.144」です。

作曲の背景と経緯

この協奏曲は、第二次世界大戦が終結した直後の1945年に、シュトラウスが滞在していたスイスのチューリッヒ近郊で書かれました。戦時中、ドイツ国内のバイエルン地方にあるガルミッシュ＝パルテンキルヘンの山荘にいたシュトラウスのもとを、進駐してきたアメリカ陸軍の軍曹でオーボエ奏者であったジョン・デ・ランシー（John de Lancie）が訪れたことが、作曲の直接的なきっかけとなります。

ガルミッシュへの米軍進駐は平和裏に行われ、その部隊には、ドイツから亡命したユダヤ人で音楽学を専攻していたアルフレッド・マン中尉がいました。マンは以前からデ・ランシーと面識があり、シュトラウスに彼を紹介しました。デ・ランシーがシュトラウスに「先生の作品にはオーボエの素晴らしいソロが多いですが、オーボエのための協奏曲を書くご予定はありますか？」と問いかけたところ、シュトラウスは一旦は「特にありません」と答えます。しかし、デ・ランシーが去った後、シュトラウスの心境に変化があり、同年の秋にスイスへ移ってから、このオーボエ協奏曲の作曲に着手したと言われています。

興味深いことに、シュトラウスはデ・ランシーの名前を正確に覚えていなかったようで、後に彼のことを記す際に、彼の出身地である「ピッツバーグ」を「シカゴ」と誤記しています。

初演と演奏史

作品の初演は翌1946年2月26日にチューリッヒで行われました。独奏はマルセル・サイエ、指揮はフォルクマール・アンドレーエ、演奏はチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団でした。作曲を提案したデ・ランシーは、曲の完成を知る前に既に除隊して帰国しており、初演で演奏することは叶いませんでした。その後、アメリカでの初演機会もありましたが、デ・ランシーはフィラデルフィア管弦楽団に移籍したばかりで、当時の慣習として首席奏者でなければ協奏曲を演奏できなかったため、この機会も逃してしまいます。

デ・ランシーの師であったマルセル・タビュトーも、ロンドンの出版社で自筆譜を確認し、デ・ランシーに言及があることを知りましたが、自身はこの曲を演奏しませんでした。デ・ランシーは、タビュトー引退後にフィラデルフィア管弦楽団の首席奏者となってから、1964年にユージン・オーマンディ指揮で一度だけ演奏した記録があり、さらに引退後にも録音を残しています。

アメリカ初演は1948年に行われ、後にポピュラー音楽界でも有名になるミッチ・ミラーが独奏を務め、映画音楽の作曲で知られるバーナード・ハーマンが指揮しました。ドイツでは1949年にヨハン・バプティスト・シュレーが、イギリスでは早くからレオン・グーセンスが紹介するなど、世界各地で演奏されるようになりました。

シュトラウスは、早い段階からコンセルヴァトワール式（フランス式）のオーボエの優位性を公言しており、この協奏曲もその楽器を想定して書かれています。しかし、ウィーン式のオーボエでも演奏されており、1948年にはハンス・カメシュがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮により演奏しています。

日本では戦後の混乱期を経て曲の紹介が遅れましたが、ピアノ伴奏版での演奏は早くから行われていました。オーケストラ伴奏による完全な形での初演は、1962年に行われた読売日本交響楽団の第3回定期演奏会での演奏が最初です。この時の独奏はオットー・ヴィンター、指揮は近衛秀麿でした。

楽譜の改訂

1948年にブージー＆ホークス社から楽譜が出版される際、シュトラウスは全曲の終結部分に加筆を行い、現在演奏されるのはこの改訂版が一般的です。ただし、一部の録音ではオリジナルの短い終結部が用いられており、レオン・グーセンスやデ・ランシー晩年の録音、そして近年ではアルブレヒト・マイヤーの録音などで聴くことができます。

楽曲構成と特徴

この協奏曲は、独奏オーボエ、フルート2、コーラングレ、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦五部という編成で書かれています。全体は約23分で、3つの楽章が続けて演奏されます（資料によっては4楽章とされることもあります）。

第1楽章アレグロ・モデラート　ニ長調　4分の4拍子
第2楽章アンダンテ　変ロ長調　4分の3拍子
* 第3楽章ヴィヴァーチェ-アレグロ　ニ長調　4分の2拍子

晩年のシュトラウスはこの頃、モーツァルトを研究し直していたと言われ、この協奏曲もその影響からか、古典的な形式感と瑞々しく透明な響きが特徴です。

近年の研究では、シュトラウスが戦時中に構想したものの実現しなかったチェロ協奏曲のスケッチに現れる「平和のテーマ」の痕跡が、本協奏曲の第2楽章などに投影されている可能性も指摘されています。

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