カサガイ
カサガイという名前は、狭義には特定の巻貝の一種（ヨメガカサ科の Cellana mazatlandica）を指しますが、一般的には軟体動物門腹足綱に属し、殻がらせん状に巻かずに傘形や皿形になった多くの貝類を総称する言葉として用いられます。さらに広義には、形状が似ている他のグループの貝類を含むこともあります。
特定の種であるカサガイ (Cellana mazatlandica) は、殻長9cmにも達する大型種で、傘のような殻には放射状の肋が発達します。小笠原諸島の固有種であり、天然記念物に指定されています。岩礁海岸の潮間帯で暮らし、岩の表面に付着した微細な藻類などを歯舌で削り取って食べます。
カサガイ類全体に共通する特徴として、アワビのように幅広の腹足を使って岩などの基質に非常に強く吸着することが挙げられます。これは、生息場所から安易に離れることを前提とせず、殻を基質に密着させることで捕食者から身を守るためです。このため、多くの巻貝が持つ蓋を持たず、殻の奥に隠れて蓋で閉じるという防御方法は取りません。この「しつこく岩に張り付く」様子から、カサガイ類を意味する英語のlimpetは、「しつこくまとわりつく人」といった比喩表現としても使われます。
カサガイ類の殻の形は様々で、整った楕円形や馬蹄形のものと、歪んだ不整形のものが見られます。一般的に、整った形を持つ種の多くは特定の住処を持たず、餌を求めて移動した後も決まった場所に戻ることは少ないか、せいぜい近くの割れ目に戻る程度です。一方、歪んだ不整形な殻を持つ種は、餌を食べに出かけた後、必ず岩の表面の同じ場所に戻ってきます。この「家」となる場所は、歯舌で表面が削られて吸着しやすくなっており、貝自身の殻も岩の形状に合わせて成長するため歪んでいます。こうした強い帰巣性を持つカサガイ類が自分の「家」（home scarと呼ばれる岩の傷跡）に落ち着いている時は、岩と隙間なく密着しているため、剥がすことは非常に困難になります。
カサガイ類の進化については、かつては巻貝から二次的に殻の巻きを失ったと考えられていましたが、近年の研究では、現生の腹足類の中で最も原始的なグループであり、もともと螺旋状の殻を持った祖先はいなかったという見解が有力になっています。
繁殖は、多くの種で雌雄異体、体外受精です。アワビやサザエの卵が暗緑色なのに対し、カサガイ類の卵は小豆色であることが多いです。雌雄が水中で放卵放精して受精し、発生した胚はトロコフォア幼生として孵化します。その後、殻を持つベリジャー幼生に変態して着底し、稚貝になります。興味深いことに、幼生は植物プランクトンなどを食べず、卵黄の栄養だけで成長します。
狭義のカサガイ類に含まれる代表的な科には、ツタノハガイ科（ヨメガカサ、マツバガイ、ツタノハガイなど）やユキノカサガイ科（アオガイ類、ウノアシなど）があり、日本の潮間帯でよく見られます。特にツタノハガイやウノアシは特定の「家」へ回帰する行動が知られており、マツバガイも隠れ家への回帰傾向があります。彼らは往路に残された化学的な痕跡を辿って戻ると考えられています。南アフリカのユキノカサガイ類では、特定の藻類を栽培して食べる種や、コンブに寄生する種など、多様な生態が確認されています。
狭義のカサガイ類の歯舌は「稜舌型」と呼ばれ、幅の狭い基底膜の上に非常に大きくて頑丈な歯が少数対並んでいます。この歯舌は単純な前後運動しかできず、葉状の海藻などを引きちぎることは苦手ですが、岩の表面に薄く広がる微細藻類を岩ごと削り取る摂食に適しています。そのため、カサガイ類が多く生息する岩礁潮間帯では、大型の海藻が芽生えの段階で食べられてしまい、海藻群落が形成されにくい傾向があります。実際にカサガイ類を除去すると海藻が繁茂することから、彼らが潮間帯の環境維持に重要な役割を果たしていることがわかります。
カサガイ類は比較的小型で商業的な漁獲量は多くありませんが、多くの地域で磯遊びの際などに手軽に採集され、食用とされています。ハワイではオピヒと呼ばれ珍重されますが、波打ち際の危険な場所での採取による事故も少なくありません。
カサガイ類以外にも、カサガイ型の殻を持つ貝は存在します。例えば、アワビに近いスカシガイ科の仲間にはカサガイ型が多いですが、稚貝期には螺旋状の殻を持ち、成長後もその痕跡を残すことがあります。また、陸産カタツムリや淡水産モノアラガイと同じ有肺類に属するカラマツガイ科の貝も、潮間帯に生息し、狭義のカサガイ類のようにカサガイ型の殻と強い帰巣性を持っています。日本本土ではカラマツガイ、シロカラマツガイ、キクノハナガイが見られます。
有肺類のカサガイ類は、狭義のカサガイ類とはいくつかの点で異なります。殻は幾分歪んで「家」を作りますが、歯舌は柔軟な基底膜の上に無数の細かい歯が密生しており、葉状の海藻も容易に食べることができます。例えばカラマツガイはヒトエグサなどの緑藻を好みます。また、狭義のカサガイ類が帰巣時にループ状の経路を辿るのに対し、有肺類は往路を正確に戻る傾向があります。さらに、有肺類は空気呼吸のための吸気孔を持ち、これに対応して殻に目立つ肋があります。殻頂が後方に寄っている点も狭義のカサガイ類とは異なります。
繁殖様式も異なり、有肺類は雌雄同体で体内受精を行います。交尾後、ゼラチン質の卵塊を岩に産み付けますが、その中に含まれる卵は狭義のカサガイ類よりもはるかに小さく多数です。孵化したベリジャー幼生は長期間海中を浮遊し、植物プランクトンを食べて成長した後、着底して稚貝となります。産卵は潮汐サイクルと同調することが知られています。
有肺類のカサガイ類は軟体部に独特の渋みがあり、食用にはあまり適しませんが、一部地域では珍味として食されています。
特定の種であるカサガイ (Cellana mazatlandica) は、殻長9cmにも達する大型種で、傘のような殻には放射状の肋が発達します。小笠原諸島の固有種であり、天然記念物に指定されています。岩礁海岸の潮間帯で暮らし、岩の表面に付着した微細な藻類などを歯舌で削り取って食べます。
カサガイ類全体に共通する特徴として、アワビのように幅広の腹足を使って岩などの基質に非常に強く吸着することが挙げられます。これは、生息場所から安易に離れることを前提とせず、殻を基質に密着させることで捕食者から身を守るためです。このため、多くの巻貝が持つ蓋を持たず、殻の奥に隠れて蓋で閉じるという防御方法は取りません。この「しつこく岩に張り付く」様子から、カサガイ類を意味する英語のlimpetは、「しつこくまとわりつく人」といった比喩表現としても使われます。
カサガイ類の殻の形は様々で、整った楕円形や馬蹄形のものと、歪んだ不整形のものが見られます。一般的に、整った形を持つ種の多くは特定の住処を持たず、餌を求めて移動した後も決まった場所に戻ることは少ないか、せいぜい近くの割れ目に戻る程度です。一方、歪んだ不整形な殻を持つ種は、餌を食べに出かけた後、必ず岩の表面の同じ場所に戻ってきます。この「家」となる場所は、歯舌で表面が削られて吸着しやすくなっており、貝自身の殻も岩の形状に合わせて成長するため歪んでいます。こうした強い帰巣性を持つカサガイ類が自分の「家」（home scarと呼ばれる岩の傷跡）に落ち着いている時は、岩と隙間なく密着しているため、剥がすことは非常に困難になります。
カサガイ類の進化については、かつては巻貝から二次的に殻の巻きを失ったと考えられていましたが、近年の研究では、現生の腹足類の中で最も原始的なグループであり、もともと螺旋状の殻を持った祖先はいなかったという見解が有力になっています。
繁殖は、多くの種で雌雄異体、体外受精です。アワビやサザエの卵が暗緑色なのに対し、カサガイ類の卵は小豆色であることが多いです。雌雄が水中で放卵放精して受精し、発生した胚はトロコフォア幼生として孵化します。その後、殻を持つベリジャー幼生に変態して着底し、稚貝になります。興味深いことに、幼生は植物プランクトンなどを食べず、卵黄の栄養だけで成長します。
狭義のカサガイ類に含まれる代表的な科には、ツタノハガイ科（ヨメガカサ、マツバガイ、ツタノハガイなど）やユキノカサガイ科（アオガイ類、ウノアシなど）があり、日本の潮間帯でよく見られます。特にツタノハガイやウノアシは特定の「家」へ回帰する行動が知られており、マツバガイも隠れ家への回帰傾向があります。彼らは往路に残された化学的な痕跡を辿って戻ると考えられています。南アフリカのユキノカサガイ類では、特定の藻類を栽培して食べる種や、コンブに寄生する種など、多様な生態が確認されています。
狭義のカサガイ類の歯舌は「稜舌型」と呼ばれ、幅の狭い基底膜の上に非常に大きくて頑丈な歯が少数対並んでいます。この歯舌は単純な前後運動しかできず、葉状の海藻などを引きちぎることは苦手ですが、岩の表面に薄く広がる微細藻類を岩ごと削り取る摂食に適しています。そのため、カサガイ類が多く生息する岩礁潮間帯では、大型の海藻が芽生えの段階で食べられてしまい、海藻群落が形成されにくい傾向があります。実際にカサガイ類を除去すると海藻が繁茂することから、彼らが潮間帯の環境維持に重要な役割を果たしていることがわかります。
カサガイ類は比較的小型で商業的な漁獲量は多くありませんが、多くの地域で磯遊びの際などに手軽に採集され、食用とされています。ハワイではオピヒと呼ばれ珍重されますが、波打ち際の危険な場所での採取による事故も少なくありません。
カサガイ類以外にも、カサガイ型の殻を持つ貝は存在します。例えば、アワビに近いスカシガイ科の仲間にはカサガイ型が多いですが、稚貝期には螺旋状の殻を持ち、成長後もその痕跡を残すことがあります。また、陸産カタツムリや淡水産モノアラガイと同じ有肺類に属するカラマツガイ科の貝も、潮間帯に生息し、狭義のカサガイ類のようにカサガイ型の殻と強い帰巣性を持っています。日本本土ではカラマツガイ、シロカラマツガイ、キクノハナガイが見られます。
有肺類のカサガイ類は、狭義のカサガイ類とはいくつかの点で異なります。殻は幾分歪んで「家」を作りますが、歯舌は柔軟な基底膜の上に無数の細かい歯が密生しており、葉状の海藻も容易に食べることができます。例えばカラマツガイはヒトエグサなどの緑藻を好みます。また、狭義のカサガイ類が帰巣時にループ状の経路を辿るのに対し、有肺類は往路を正確に戻る傾向があります。さらに、有肺類は空気呼吸のための吸気孔を持ち、これに対応して殻に目立つ肋があります。殻頂が後方に寄っている点も狭義のカサガイ類とは異なります。
繁殖様式も異なり、有肺類は雌雄同体で体内受精を行います。交尾後、ゼラチン質の卵塊を岩に産み付けますが、その中に含まれる卵は狭義のカサガイ類よりもはるかに小さく多数です。孵化したベリジャー幼生は長期間海中を浮遊し、植物プランクトンを食べて成長した後、着底して稚貝となります。産卵は潮汐サイクルと同調することが知られています。
有肺類のカサガイ類は軟体部に独特の渋みがあり、食用にはあまり適しませんが、一部地域では珍味として食されています。
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