カザルス音楽祭

カザルス音楽祭（Casals Festival）

カザルス音楽祭は、世界的なチェリストであり人道主義者でもあったパブロ・カザルスにより、1957年にプエルトリコのサンファンで創設された年次開催の国際音楽祭です。この祭典は、カザルスの偉大な功績と、彼が抱いた芸術的・人道主義的な理想を記念し、世界中から一流の音楽家が集う場として今日まで続いています。

創設の経緯と初期

音楽祭の誕生には、カザルスの波乱に富んだ人生が深く関わっています。スペイン内戦後、フランシスコ・フランコ政権に反対する立場を取ったカザルスは、祖国を離れフランス南部のプラドに亡命しました。彼はこの地で、自身の名を冠するプラド音楽祭（後にパブロ・カザルス音楽祭と改称）を成功させており、この経験が、プエルトリコでの新たな音楽祭設立の基盤となります。

カザルスにとってプエルトリコは、母ピラル・デフィジョーの故郷であり、特別な思い入れのある土地でした。彼は1955年と1956年にこの島を訪問した後、1957年に永住を決意し、同時にカザルス音楽祭の開催を計画しました。第1回音楽祭は、プエルトリコ大学を会場に開かれる予定でした。プログラムのハイライトとして、カザルス自身によるバッハの《無伴奏チェロ組曲第3番》の演奏が組まれていましたが、リハーサル中に突然の心臓発作に見舞われるというアクシデントが発生します。幸いにもカザルスの命に別状はありませんでしたが、出演は不可能となり、代わりに世界的ピアニストのルドルフ・ゼルキンがその役割を担い、音楽祭は無事開幕しました。

設立当初、音楽祭のオーケストラメンバーの多くは、アメリカ合衆国から招聘された音楽家で構成されていました。しかし、プエルトリコでの音楽教育や環境が整備されるにつれて状況は変化し、1970年代までには、地元プエルトリコ出身の音楽家がオーケストラメンバーの多数を占めるようになりました。これは、音楽祭が島の音楽文化発展に貢献した具体的な成果と言えます。

カザルス没後の展開と現在の運営

パブロ・カザルスが1973年に死去した後も、音楽祭は中断されることなく継続されました。彼の未亡人であるマルタ・カザルス・イストミン氏が運営の中心となり、実行委員会の総裁および音楽監督として、カザルスの遺志を受け継ぎ音楽祭を守り続けました。

現在、音楽祭はピアニストで音楽学者のエリアス・ロペス・ソバ氏が芸術監督、バス歌手フスティーノ・ディアス氏が音楽監督を務める体制で運営されています。この二人のプエルトリコ人音楽家は、カザルス夫妻の残した遺産を尊重しつつ、世界各国から著名な音楽家を招聘し、音楽祭の芸術水準を維持・向上させています。近年も、質の高い演奏会が多数開催され、国際的な注目を集めています。2006年の50周年記念では、指揮者クリストフ・エッシェンバッハとフィラデルフィア管弦楽団の共演も実現しました。

特色：多様な音楽家とプログラム

カザルス音楽祭の大きな特色の一つは、そのプログラム内容と参加する音楽家の幅広さです。カザルスが反戦・平和を強く訴えた人物であったことから、音楽祭にはその思想に共鳴する音楽家のみが集まっているとイメージされがちです。しかし実際には、政治的・思想的な立場を超え、左右両陣営や非政治的なスタンスの音楽家も含め、非常にバランスの取れた人選が行われてきました。特にアメリカ人音楽家の中には、必ずしもカザルスの思想傾向と一致しない人物も少なくありませんでした。これにより、音楽祭は特定の思想に偏ることなく、純粋な音楽の祭典としての性格を保っています。

また、カザルス自身は、ドビュッシー以降の現代音楽にはあまり関心を示さなかったと言われています。それにも関わらず、音楽祭では、カザルスの個人的な嗜好にとらわれず、アルノルト・シェーンベルクのような現代作曲家の作品も積極的に演奏され、録音も行われています。このようなプログラムの多様性も、カザルス音楽祭が単なる偉大な音楽家を記念する祭典に留まらず、幅広い音楽芸術を紹介する場であること示しています。

主な参加音楽家たち（一部抜粋）

カザルス音楽祭の長い歴史の中で、多くの伝説的な音楽家たちがその舞台に立ちました。以下はその一例です。

指揮者: レナード・バーンスタイン、ズビン・メータ
声楽: プラシド・ドミンゴ
ピアノ: アルトゥール・ルービンシュタイン、ダニエル・バレンボイム
弦楽器: イツァーク・パールマン、ヤーノシュ・シュタルケル
ギター: アンドレス・セゴビア
管楽器: ジャン＝ピエール・ランパル

これらの名演奏家たちが、カザルス音楽祭の歴史を彩ってきました。

もう一度検索