カシャタグ地区

カシャタグ地区：歴史と変遷

カシャタグ地区は、かつてアゼルバイジャン領内に存在したナゴルノ・カラバフ（アルツァフ）を実効支配していたアルツァフ共和国によって設置された行政区画です。この地区は、アルツァフとアルメニアを結ぶ重要な回廊であるラチン回廊を有していました。

歴史的背景

カシャタグ地区は、かつてアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国時代にはアゼルバイジャン人が多数居住していました。しかし、ナゴルノ・カラバフ戦争（第一次ナゴルノ・カラバフ戦争）中の1992年にアルメニア軍がラチン（ベルゾル）とその周辺地域を占領。その後、1993年までにカシャタグ地区全域がアルメニア側の支配下に入りました。アルツァフ共和国は、1993年12月2日にカシャタグ地区を創設し、初代行政長官には歴史家のアレクサン・ハコビアンが就任しました。

2002年から2003年にかけて行われた調査では、ウラルトゥ王国時代の楔形文字の碑文、複数の洞窟教会、防衛遺構、集合住宅跡などが発見され、この地域の歴史的な重要性が明らかになりました。

2020年紛争とその影響

2020年のナゴルノ・カラバフ紛争（第二次ナゴルノ・カラバフ戦争）では、アゼルバイジャン軍がハドルト地区を突破し、カシャタグ地区も攻撃を受けました。10月には複数の都市が失われ、前線はベルゾルのすぐ近くまで迫りました。停戦協定により、占領されずに残っていた地域もアゼルバイジャンへ返還され、ラチン回廊はロシア平和維持部隊の管理下に置かれることになりました。返還された都市では、アルメニア人住民の多くが脱出しました。

ラチン回廊の変遷

停戦協定には、ラチン回廊の代替となる新たな道路を建設し、完成後には回廊をアゼルバイジャンへ返還することが定められていました。2022年9月1日、新道が開通し、それに伴いラチン回廊はアゼルバイジャンへ返還されました。代わりに、新道沿いのいくつかの村がロシア平和維持部隊の管理下に移管されました。アルツァフ側はこれらの村について「アルツァフの支配下に戻った」と表現しましたが、住宅は廃墟と化しており、住民の再定住はあまり進んでいません。

2022年12月にはラチン回廊がアゼルバイジャン人によって占拠され、2024年4月には国境検問所が設置されました。これにより、ラチン回廊は事実上アゼルバイジャンの管理下に置かれることになり、2023年9月にはアルツァフが降伏したため、カシャタグ地区は名目上の行政区画となりました。しかし地区の首長は、アルメニアに亡命後も無給で公務を続けています。

地理的特徴

カシャタグ地区の北半分は山地であり、南半分はバルグシャット山脈やメグリ山脈の麓に位置しています。南にはイランとの自然国境となるアラス川が流れ、その支流であるハカリ川とヴォロタン川も地区内を流れています。

都市と住民

2020年1月時点で、カシャタグ地区には4つの都市と50の農村共同体がありました。主な都市は、ベルゾル（ラチン）、コヴサカン（ザンギラン）、ミジナヴァン（ミンチヴァン）です。2020年紛争以降、これらの都市はアゼルバイジャンに返還されました。

2020年1月1日時点の人口は11,700人で、住民のほとんどはアルメニア人でした。以前はアゼルバイジャン人が多数居住していましたが、第一次ナゴルノ・カラバフ戦争中に脱出しました。2014年頃からは、シリア内戦から逃れてきたアルメニア系シリア難民も受け入れています。

民族構成の変遷

カシャタグ地区の民族構成は、歴史の中で大きく変化してきました。アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国時代にはアゼルバイジャン人が多数を占めていましたが、第一次ナゴルノ・カラバフ戦争以降、アルメニア人が多数派となりました。また、20世紀初頭にはクルド人が居住しており、短期間ではありますがクルディスタン郡が設置されたこともありました。

観光地

カシャタグ地区には、約34の修道院や教会、歴史的建造物が保存されています。中でも、5-6世紀に建築されたアルメニア使徒教会のTsitsernavank修道院は特に有名です。

まとめ

カシャタグ地区は、歴史的な変遷と紛争の影響を色濃く残す地域です。かつてはアルツァフ共和国の重要な一部でしたが、2020年の紛争を経て大部分がアゼルバイジャンへ返還され、現在は名目上の行政区画となっています。その地理的特徴、歴史的背景、そして住民構成の変化は、この地域の複雑な歴史を物語っています。

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