カナケー

ギリシア神話において、「カナケー」（古希: Κανάκη, Kanakē）という名前は、複数の人物に与えられた女性名として見られます。特に有名なのは、アイオリス人の名祖とされるアイオロスの子孫にあたる女性と、テュレーニアーの王であり風神とも関連付けられるアイオロスの娘として語られる女性の二人です。これらのカナケーに関する伝承は、古代ギリシア・ローマの様々な文献、特に叙事詩や悲劇、神話集、書簡詩などに記録されており、それぞれ異なる背景と運命を持っています。

まず、アイオリス人の名祖アイオロスと、その妻であるエナレテーとの間に生まれたカナケーについて説明します。彼女は、アイオロスとエナレテーの間に生まれた多くの子供たちの一人でした。彼女の兄弟には、クレーテウス、シーシュポス、サルモーネウス、アタマース、デーイオーン、マグネース、ペリエーレースといった男性たちがおり、姉妹にはアルキュオネー、ペイシディケー、カリュケー、ペリメーデーがいました。カナケーは人間でありながらも、海神ポセイドーンというオリュンポスの神と結ばれたと伝えられています。ポセイドーンとの間には、ホプレウス、ニーレウス、エポーペウス、アローエウス、トリオプスという五人の息子が生まれました。

このカナケーの存在は、主にギリシア神話の系譜において重要視されています。彼女の子孫を通じて、さらに多くの英雄や神話上の人物へと血筋が繋がっていくため、アポロドーロスの『ギリシア神話』のような系譜をまとめた文献でその名を確認することができます。彼女自身の具体的な物語や劇的なエピソードはあまり語られていませんが、神と人間の間に生まれた子供たちの母親として、神話の世界を繋ぐ役割を担った人物と言えるでしょう。

もう一方のカナケーは、テュレーニアーの王であり、ホメロスやその他の詩人によって風の支配者とされるアイオロスの娘です。彼女の物語は、一人目のカナケーとは対照的に、非常に劇的で悲劇的な内容を含んでいます。このカナケーは、自身の兄弟であるマカレウスと許されない恋に落ちてしまいました。彼らの禁断の愛の物語は、古代の多くの文学作品で取り上げられ、特にその悲劇性が強調されています。

有名なのは、紀元前5世紀末に活動した三大悲劇詩人の一人、エウリーピデースが著した悲劇『アイオロス』です。この劇は現在断片しか残っていませんが、カナケーとマカレウスの関係を中心に描かれていたことが知られています。また、ローマの詩人オウィディウスは、彼らの物語を『名婦の書簡』（ヘーローイデス）の中で、カナケーがマカレウスに宛てたとされる手紙の形式で情感豊かに描きました。さらに、ヒュギーヌスの『ギリシャ神話集』にも、この物語の要約や断片的な情報が含まれています。

これらの文献によると、カナケーとマカレウスの密通の結果、子供が生まれましたが、その子の泣き声によって父アイオロスに二人の関係が露見してしまいます。激怒したアイオロスは、生まれたばかりの孫を山に捨てるよう命じ、その子は野獣、おそらく狼によって食い殺されたと伝えられています。そして、アイオロスは娘カナケーに剣を送り、自ら命を絶つことを強要しました。カナケーは父の意思に従い、その剣で自殺したと言われています。一説には、カナケーはアイオロス自身の手によって殺害されたとも語られています。カナケーの死を知った兄弟マカレウスもまた、絶望のあまり自らの命を絶ちました。この悲劇は、家族内のタブー、厳しい父権、そして運命の残酷さを描いた物語として、古代から現代まで人々に強い印象を与え続けています。

このように、ギリシア神話におけるカナケーという名は、同じ「アイオロス」という名の父親を持ちながらも、一方は神話の系譜を紡ぐ母として、もう一方は禁断の愛と悲劇的な破滅の物語の主人公として、異なる文脈で語られる二人を指し示しています。これらの物語は、アポロドーロス、ヒュギーヌスといった神話集、エウリーピデース、オウィディウスといった文学作品を通じて現代に伝えられています。

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