カナダスピス

カナダスピス（Canadaspis）

カナダスピス（Canadaspis）は、およそ5億年前のカンブリア紀に生息していた、Hymenocarina類に分類される化石節足動物です。特にカナダのバージェス頁岩や中国の澄江動物群から多くの化石が発見されており、当時の海における代表的な動物の一つでした。

名称

学名「Canadaspis」は、模式種（最初に発見され、属の基準となる種）が発見された国であるカナダ（Canada）と、古代ギリシャ語で「盾」を意味する「aspis」を組み合わせたものです。模式種である Canadaspis perfecta の種小名「perfecta」は、ラテン語で「完全な」「完璧な」という意味の「perfectus」に由来しています。

形態

カナダスピスの体長は最大でおよそ5センチメートルに達しました。体の大部分は、丸みを帯びた円筒状の堅固な背甲（carapace）によって覆われていました。この背甲は頭部から腹部の手前までを広く覆い、体の背面と側面を守る二枚貝のような構造をしており、背中の中央で蝶番（ちょうつがい）のように繋がっていました。露出していたのは体の先端部、脚の先、そして腹部の後方部分です。

頭部の前方には、柄のついた一対の小さな眼が確認されています。眼の間には一枚の甲皮と、その正体がはっきりしない一対の短い突起がありました。かつてこの突起は触角と考えられたこともありますが、近年の研究では眼と同じく体の最も前方の領域に由来する構造物であり、付属肢（関節のある手足のような構造）ではないと見られています。こうした見解に基づくと、そのすぐ後方にある、10節以上に分かれた短い触角（antenna）こそが、真の付属肢であると考えられます。触角より後ろの頭部構造は長い間不明瞭でしたが、2022年時点の研究では、ワプティアなどの近縁種と同様に、剛毛を持つ大顎（mandible）と短い小顎（maxilla）を一対ずつ持っていたことが再び示されています。口は頭部の腹面後方に向いて開いていたとされますが、口を覆う上唇（labrum）があったかは不明です。

頭部より後ろの胴部は円柱状で、鋸歯状の後縁を持つ十数個の胴節（たいせつ）から構成されていました。胴部は付属肢を持つ胸部と、付属肢を持たない腹部に分けられます。腹部の末端には、太く短い尾節（telson）があり、表面には棘が生えていました。尾節の腹面からは、最終の腹節から突き出た一対の突起が見られます。

胸部の腹面からは、ほぼ同じ大きさの10対の付属肢が伸びていました。これらは海底を歩くのに適した歩脚のような形態をしており、内肢（endopod）は丈夫で十数節に分かれ、先端には数本の鉤爪がありました。また、内肢の各節の内側には内突起（内葉）が並んでいました。付属肢は、前方の2対とそれより後ろの8対でやや構造が異なっていました。前の2対は枝分かれしない単枝型で、基部数節の内突起が櫛状に枝分かれていました。一方、残り8対は二叉型（biramous）で、扇形に広がった外肢（exopod）を持っていました。この外肢は、円形や放射状の模様によって複数の区画に分かれているように見えます。

生態

カナダスピスは、海底付近をゆるやかに泳ぎながら生活する、遊泳底生性（nektobenthic）の動物だったと考えられています。丈夫な内肢を使って海底を歩き、堆積物の中から餌を探して食べていたのでしょう。また、外肢はおそらく呼吸や遊泳に利用されました。体を覆う頑丈な背甲は、捕食者から身を守るのに役立ったと考えられます。カナダのバージェス頁岩からは、模式種である Canadaspis perfecta の化石が非常に多く発見されており、2008年時点で約5,000点もの標本が見つかっているほど、当時の生態系において普遍的な存在でした。

分類と研究史

カナダスピスは、二枚貝状の背甲が頭部と胸部を覆うこと、発達した触角を持つこと、特定の付属肢（第2体節由来とされるもの）を欠くこと、大顎を持つこと、リング状の腹節を持つことなど、いくつかの共通する特徴に基づき、オダライアやワプティア、ブランキオカリスなどと共にHymenocarina類（目）に分類されています。このHymenocarina類が動物の系統樹においてどこに位置するかについては議論が続いており、1990年代から2010年代中期にかけては初期の真節足動物のグループだと考えられていました。しかし、2010年代後半以降、大顎の存在が再確認されたことから、より進化的なグループである大顎類の初期メンバーである可能性も示唆されています。

かつて、1990年代以前には、カナダスピスはほぼ例外なく甲殻類の一種だと見なされていました。最初に記載された際（1912年）には、ハイメノカリス（Hymenocaris）という属の種として、軟甲類（カニやエビなどが含まれる甲殻類の大きなグループ）の仲間と解釈されました。その後、1960年に独立した属であるカナダスピスとして区別されるようになりました。1978年には、カナダスピスは7節の腹部を持ち、10対の付属肢のうち前2対は頭部の小顎で、残り8対が胸部の脚（胸肢）であると解釈され、さらに頭部には2対の触角と1対の大顎があるとされました。こうした形態（頭部付属肢5対+胸肢8対+腹部7節以下）は軟甲類の特徴と合致し、特に二枚貝状の背甲と7節の腹部がコノハエビ類（カイエビなどを含むグループ）に見られる特徴であったことから、カナダスピスはコノハエビ類に分類されたのです。しかし、このような甲殻類的な解釈は1990年代以降に疑問視されるようになります。特に1997年には、軟甲類の体制には当てはまらない10節の腹部を持つ Canadaspis laevigata という種が再記載され、さらにそれまでの形態解釈（例えば大顎の存在への疑念、触角が単枝型であること、二叉型付属肢の外肢の形態が甲殻類としては特異であることなど）についても再検討が行われました。

下位分類

現在、正式にカナダスピス属（Canadaspis）に命名されている種は以下の2種です。

Canadaspis perfecta (Walcott, 1912)
本属の模式種です。カナダのブリティッシュコロンビア州にあるバージェス頁岩（カンブリア紀ウリューアン期、約5億1,00万年～5億500万年前）から発見されています。腹部は7節を持ちます。

Canadaspis laevigata (Hou & Bergstrom, 1991)
中国雲南省のMaotianshan Shale（澄江動物群、カンブリア紀第三期、約5億1,800万年前）から発見されています。Canadaspis perfecta と比べて腹部は10節と多く、背甲はやや小さく、尾節の棘が少ないといった特徴があります。

これら以外にも、アメリカ合衆国ユタ州のWheeler Shale（カンブリア紀ウリューアン期）から、暫定的に Canadaspis cf. perfecta と同定されている化石標本が見つかっています。また、過去に Canadaspis ovalis, Canadaspis dictynna, Canadaspis obesa といった種名が提唱されたことがありますが、これらはいずれもその後に別の既存種のシノニム（同一種と見なされる別の名前）であると整理されています。

もう一度検索