カバとワニ狩り

『カバとワニ狩り』（蘭: The Hippopotamus and Crocodile Hunt, 独: Jagd auf Nilpferd und Krokodil, 英: The Hippopotamus and Crocodile Hunt）は、17世紀の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1616年頃に制作した油彩画です。この作品は、ルーベンス初期の狩猟画における重要な位置を占め、カバとワニを狩る狩猟者たちの姿をダイナミックに描いています。現在、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されており、その卓越した芸術性と歴史的価値から多くの人々を魅了し続けています。

制作背景

ルーベンスは、1610年代から1620年代にかけて、貴族の後援者からの依頼により、数多くの大規模な狩猟画を手がけました。これらの作品は、長きにわたり受け継がれてきた狩猟画というジャンルに新たな息吹を吹き込みました。バイエルン選帝侯マクシミリアン1世は、夏の離宮であるシュライスハイム宮殿の装飾のため、『カバとワニ狩り』、『ライオン狩り』、『虎狩り』、『猪狩り』の4作品をルーベンスに発注しました。ルーベンスとその工房は、この依頼を受けて1615年から1616年にかけて、アントウェルペンでこれら4点の巨大なキャンバス画を制作しました。

作品の特徴

『カバとワニ狩り』の舞台は、ヤシの木が示すようにエジプトのナイル川のほとりです。当時、カバやワニは危険な害獣と見なされており、それらを駆除することは貴族の義務であると考えられていました。ルーベンスは、アラビア産の馬に騎乗し、槍と剣を携えた東洋風の衣装をまとった3人の狩猟者と、剣と弓矢で戦う2人の従者を画面に描き出しています。カバとワニは狩猟者と猟犬に襲われ、怒り狂ったカバはワニを踏みつけています。さらに、その足元には2人の従者が倒れており、そのうちの1人は命を落としている様子が描かれています。

ルーベンスが描いたカバとワニの正確な外見は、同時代の描写とは対照的であり、バロック時代の経験主義と博物学への関心の高まりを反映しています。ルーベンスは、絵画を制作するより前の1601年に、ローマで塩漬けにされ一時的に展示されたカバの標本を目撃したとされています。この経験が、本作におけるカバの描写に影響を与えた可能性が指摘されています。

『カバとワニ狩り』は、ルーベンスの作品の中でも特にダイナミックな絵画の一つであり、力と肉体的攻撃の理想的な表現と評されています。複雑な人物群の構成、騒然とした動きと暴力的な行為の描写、そして高度なドラマ性と鮮やかな色彩は、まさにルーベンスの様式を特徴づけるものです。19世紀フランスのロマン主義の巨匠ウジェーヌ・ドラクロワは、画面に描かれたワニを「制作の傑作」と称賛しましたが、「その行動はもっと興味深いものになったかもしれない」とも述べています。

来歴

マクシミリアン1世が依頼した4点の狩猟画連作を含むヴィッテルスバッハ・コレクションは、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークの中核を形成しました。しかし、ナポレオン戦争中にフランス軍によって宮殿から略奪され、連作のうち『ライオン狩り』はボルドー美術館、『虎狩り』はレンヌ美術館、『猪狩り』はマルセイユ美術館に送られました。ナポレオン失脚後、『カバとワニ狩り』のみがミュンヘンに返還され、アルテ・ピナコテークのコレクションに加わりました。

後世への影響

『カバとワニ狩り』は、制作当初から高い評価を受け、印刷物としても広く普及しました。オランダの画家ピーテル・サウトマンは、1615年以降に本作の素描とエッチングによる複製を制作しました。また、フランドルの版画家ウィレム・バン・デル・レーウも本作のエッチングを制作しています。18世紀には、ピエトロ・アントニオ・マルティーニとジャック＝フィリップ・ル・バによってもエッチングが制作されました。

さらに、17世紀の画家ヒエロニムス・フランケン2世の『美術愛好家のキャビネット』には、本作が描かれています。これらの事実から、本作が当時の芸術家や愛好家に大きな影響を与えたことがわかります。

まとめ

『カバとワニ狩り』は、ルーベンスの卓越した画力と、当時の社会背景や博物学への関心を反映した傑作です。そのダイナミックな構図、迫力のある描写、そして鮮やかな色彩は、見る者を魅了し、バロック美術の力強さを今に伝えています。この作品は、狩猟画というジャンルを超えて、ルーベンス芸術の重要な一端を担っていると言えるでしょう。

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