カルディアルカエウム・スプテッラーネウム

カルディアルカエウム・スプテッラーネウム（Candidatus ‘Caldiarchaeum subterraneum’）

カルディアルカエウム・スプテッラーネウムは、2010年にその存在が初めて報告された、まだ人工的な環境での培養に成功していない好熱性の古細菌です。「カルディアルカエウム」という属名は「暖かい」を意味するラテン語caldusと「古細菌」を組み合わせたもので、種形容語の「スプテッラーネウム」はラテン語で「地下の」を意味するsubterraneusの中性形に由来します。この名称からも示唆されるように、この古細菌は地下深くの、高温になりうる環境に生息しており、実際に地下320メートルにある金鉱から発見されました。

この生物の最も特筆すべき点は、その詳細が細胞そのものを観察したり培養したりすることによってではなく、環境中の遺伝情報を直接解析する「メタゲノム解析」という手法によって明らかになったことです。この解析の結果、これまでに知られていた他の古細菌のどの門とも異なる遺伝子構成を持つことが判明したため、新たにAigarchaeota（アイガー古細菌門）という分類群を設けることが提案されています。ただし、系統解析によっては比較的タウム古細菌に近いとされ、タウム古細菌門の中に含めるべきだという議論も存在します。このように、カルディアルカエウム・スプテッラーネウムは、古細菌の分類体系を再考させるきっかけの一つとなっています。

ゲノム解析からは、この古細菌が約168万塩基対からなる環状のゲノムを持ち、その中には1777箇所にわたるタンパク質をコードする可能性のある領域（ORF）が存在することが分かっています。これらの遺伝情報から、この生物がどのようにエネルギーを得て、生命活動を維持しているのかが推測されています。具体的には、水素ガス（H₂）や一酸化炭素（CO）といった無機物を、酸素（O₂）や硝酸塩、亜硝酸塩などを酸化剤として利用し、その際に生じるエネルギーを使って二酸化炭素などから有機物を合成する、独立栄養的な増殖を行っていると考えられています。

そして、カルディアルカエウム・スプテッラーネウムに関する発見の中でも、特に科学界に大きな衝撃を与えたのが、真核生物の細胞内で重要な役割を果たすユビキチン-プロテアソームシステムに関わる遺伝子が見つかったことです。ユビキチンシステムは、不要になったタンパク質を分解したり、細胞内の様々なシグナル伝達に関与したりする、真核生物の細胞機能にとって不可欠な仕組みです。このシステムは長い間、真核生物に特有のものであり、古細菌や細菌には存在しないと考えられていました。しかし、カルディアルカエウムにおいてこのシステムの一部を構成する遺伝子が見つかったことは、ユビキチン-プロテアソームシステムのような複雑な分子機構が、真核生物が出現するよりも前の段階、すなわち古細菌の祖先において既に存在していた可能性を示唆しています。これは、真核生物が持つ細胞システムの起源や進化に関する従来の通説を覆す可能性を秘めた、極めて重要な発見と言えます。この発見の後、2015年には別の古細菌のグループであるロキ古細菌からもユビキチン自体が見つかるなど、古細菌の中には真核生物のシステムと共通する要素を持つものが存在することが次々と明らかになってきています。

カルディアルカエウム・スプテッラーネウムは、まだ研究室で培養することができていないため、正式な学名としては認められていません（そのため学名には「Candidatus」という接頭辞が付けられています）。しかし、この未培養の微生物のゲノム解析から得られた情報は、古細菌の多様性、分類体系の構築、そして生命の樹における真核生物の位置づけや、その複雑な分子機構の進化的な起源について、新たな視点と深い洞察を与えてくれています。

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