カール5世の肖像 (ティツィアーノ)

『カール5世の肖像』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1548年に油彩で描いた作品です。この肖像画は、神聖ローマ皇帝カール5世の姿を捉えたもので、同じくティツィアーノが描いた『カール5世騎馬像』と並び、皇帝の肖像画として知られています。制作されたのは、ティツィアーノがアウクスブルクの宮廷に滞在していた時期であり、皇帝自身からの依頼によって描かれました。現在は、ドイツのミュンヘンにあるアルテ・ピナコテークに所蔵されています。

『カール5世騎馬像』が皇帝の威厳と力強さを強調しているのに対し、この『カール5世の肖像』では、痛風に悩む年老いた皇帝の人間的な側面が強調されています。絵の中のカール5世は、左を向いて椅子に腰掛け、鑑賞者の方をまっすぐに見つめています。皇帝の身につけている黒い衣服は、背後の赤い絨毯や金色のタペストリーと鮮やかなコントラストを成しています。画面の右側には、微かに明るい色の風景が描かれており、この部分はランベルト・スストリスが手がけた可能性も指摘されています。また、ティツィアーノ自身が描いたものの、現存しないオリジナルの作品が存在した可能性も考えられています。

この肖像画は、歴史家や批評家からも注目を集めています。特に、ヘンリー・キッシンジャーは、2014年の著書『世界秩序』の中で、この作品について言及しています。キッシンジャーは、この肖像画が「精神的な充実に到達できない覇者の苦悩、あるいは、覇権的支配のためには二次的な重要性しかない梃を操作できない覇者の苦悩」を明らかにしていると評しています。この言葉は、この作品が単なる肖像画にとどまらず、カール5世という人物の内面や、彼が抱えていた苦悩を深く表現していることを示唆しています。

この作品は、ティツィアーノの卓越した描写力と、カール5世という歴史的人物に対する深い洞察が結実した、ルネサンス美術における傑作の一つと言えるでしょう。

参考文献として、以下の文献が挙げられます。
* Andrew John Martin, "Titianus. F." Il Ritratto di Carlo V seduto dell'Alte Pinakothek di Monaco, in "Studi Tizianeschi. Annuario della Fondazione Centro studi Tiziano e Cadore", Numero V, 2007, pp. 76–96.（イタリア語）

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