キクユ族

キクユ族：ケニア最大の民族の歴史、文化、社会

キクユ族（Agĩkũyũ）は、東アフリカ、現在のケニアを中心に居住する民族です。ケニア人口の約22%を占める最大の民族集団であり、主に中央部に住むバントゥー系の農耕民として知られています。彼らはキクユ語（Gĩkũyũ）を話し、その文化はケニアの歴史と社会に深く根ざしています。

歴史

キクユ族の起源は、他のバントゥー系民族と同様に西アフリカに遡ると考えられています。彼らはタンザニアを経てキリマンジャロを東に進み、ケニア山周辺に定住したとされています。元々は狩猟採集民でしたが、ケニア山や高地での農耕生活へと移行しました。

19世紀後半、イギリスによる植民地支配が始まると、キクユ族は土地を奪われ、労働力として利用されるようになりました。特に、白人入植者によるコーヒー農園での労働は、キクユ族の生活に大きな影響を与えました。一方で、ミッション系の学校で教育を受けた若者たちは、ナイロビなどの都市で働くようになり、新しい社会階層が形成されました。

植民地支配に対する抵抗運動も活発でした。1919年にはハリー・ズクが東アフリカ協会（EAA）を設立し、これがケニアにおける民族主義運動の始まりとなりました。1924年にはキクユ中央協会（KCA）が組織され、労働問題や土地返還を求め、他の民族とも連携して植民地政府と対峙しました。

1952年には、KCA急進派によるマウマウ戦争が勃発し、これは白人入植者の撤退を促す大きな要因となりました。1960年代には、ジョモ・ケニヤッタをリーダーとするケニア・アフリカ民族同盟（KANU）が結成され、1963年の独立へとつながります。しかし、独立後、穏健派と急進派の対立が生じ、社会主義を掲げる勢力と、保守的な新植民地政策を推進する勢力との間で政治的な混乱が続きました。

2002年以降、ムワイ・キバキ大統領が就任すると、キクユ族優遇政策と批判される政策が実施され、他部族との間で緊張が高まりました。2007年の大統領選挙後には、民族間の衝突が激化し、深刻な暴動が発生するなど、民族間の対立は今日まで続いています。

宗教

伝統的にキクユ族は、ケニア山の頂上に住む神・ンガイ（Ngai）を崇拝する一神教を信仰していました。しかし、現在ではほとんどのキクユ族がキリスト教に改宗しています。それでも、伝統的な信仰は、キクユ族の文化や社会生活に影響を与え続けています。

部族組織

キクユ族の社会組織は、男系の血縁関係に基づいたクラン（mũhĩrĩga）、サブクラン（mbarĩ）、リネージ（nyũmba）という重層的な構造を持っています。これらの縦のつながりに加え、リイカと呼ばれる年齢集団が、民族全体の一体性を強化する役割を果たしてきました。リイカは、割礼を受けた年齢が近い者同士で構成され、その名称は当時の出来事を反映しています。例えば、1891年のリイカは天然痘の発生を意味する「Mũtũng’ũ」という名称が付けられました。

習俗

名付け

キクユ族には、個人を命名する際に特有の規則が存在します。

割礼

割礼は、かつては男女ともに共同体における重要な成人儀礼でした。男子は割礼前は「kĩhĩĩ（少年）」、割礼後は「mwanake（青年）」、女子は割礼前は「kĩrĩgũ（少女）」、割礼後は「mũirĩtu（生娘）」と呼ばれました。現在では、女子の割礼は法的に禁止されており、男子も病院で手術を受けることが多くなっています。しかし、伝統的な価値観の復活を主張するムンギキという集団は、女子割礼を強要し、暴力を振るうなどの問題を引き起こしています。

結婚

伝統的な結婚では、男性が女性の実家に対して婚資（rũraacio）を支払う習慣がありました。婚資はサトウキビ、蜂蜜酒、ヤギ、羊などで支払われました。このため、資産のない男性は結婚が困難であり、「良い娘は貧乏人の門を素通りしていった」ということわざが生まれました。また、伝統的に一夫多妻制が認められており、「女房二人は毒の壺二個」ということわざも存在します。現代では、婚資は結婚後に長期的に支払われることが多くなっています。

キクユの人々

キクユ族は、政治、文化、スポーツなど、様々な分野で活躍する人物を輩出しています。

政治家・自由主義闘争家

ジョモ・ケニヤッタ：ケニア共和国初代大統領
ムワイ・キバキ：ケニア共和国3代大統領
ワンガリ・マータイ：ノーベル平和賞受賞者

その他

ルーシー・キバキ：ファーストレディ
グギ・ワ・ジオンゴ：文学者
ジョン・グギ：ソウル五輪男子5000M金メダリスト
キャサリン・ヌデレバ：マラソン選手
サムエル・ワンジル：北京五輪男子マラソン金メダリスト
エリック・ワイナイナ：シドニー五輪男子マラソン銀メダリスト
チャールズ・カマシ：長距離選手

キクユ族は、ケニアの歴史と文化において重要な役割を果たしてきた民族です。彼らの歴史、社会組織、習俗を理解することは、ケニア社会全体を理解する上で不可欠です。

もう一度検索