キタゾウアザラシ

特徴と形態

キタゾウアザラシ（学名：Mirounga angustirostris）は、食肉目鰭脚類のアザラシ科に属し、ゾウアザラシ属を構成する二種の一つです。ゾウアザラシ属には本種のほか、さらに大型のミナミゾウアザラシが含まれます。

この動物の最も目を引く特徴は、成熟した雄が持つ、象の鼻に似た膨らんだ大きな鼻、通称「象鼻」です。アシカ亜目の鰭脚類の中ではミナミゾウアザラシに次いで二番目に大きな体格を持つ種ですが、象鼻の発達においてはキタゾウアザラシの方がより顕著です。

キタゾウアザラシは顕著な性的二形を示すことでも知られます。雄は成長すると体重が1,500キログラムから2,300キログラム、体長が4メートルから5メートルに達する一方、雌は体重400キログラムから900キログラム、体長2.5メートルから3.6メートル程度と、雄に比べて considerably 小型の体格をしています。

繁殖期には、力のある雄が複数の雌と群れ（ハーレム）を形成する一夫多妻制がとられます。支配的な雄は、一度の繁殖シーズン中に50頭もの雌を妊娠させることができる場合もあります。

生息域と分布

主に北太平洋の北アメリカ大陸西岸沿いの海域に生息しています。アラスカ州の北部からカナダ、アメリカ合衆国のカリフォルニア州を経て、メキシコのバハ・カリフォルニア州にかけての範囲を広く回遊します。出産、仔育て、そして年一度の換毛（毛の生え変わり）は、主にカリフォルニア沖合の島々や本土沿岸部の特定の場所で行われます。特にカリフォルニア湾岸には多くの繁殖・休息地（コロニー）が確認されており、近年ではカリフォルニア湾内で生息地と個体数が増加しています。

かつて北西太平洋やアジア地域に生息していたかどうかについては、現在のところ明確な証拠はありません。2000年代には、ロシア極東のカムチャッカ半島沖にあるコマンドルスキー諸島で数頭が定着を試みた記録がありますが、これは現地のトドとの競合などが原因で成功には至らなかったと見られています。

非常に稀なケースとして、本来の生息域から遠く離れた日本で観測された例があります。1989年には伊豆諸島の新島で雄が、2001年には千葉県館山市付近で幼体が確認されています。また、2017年10月には山形県の海岸で雌が見つかり、鶴岡市立加茂水族館に保護されました。この個体は水族館で飼育・公開されましたが、2022年6月に死亡しています。

保護の歴史と現状

19世紀には、キタゾウアザラシは商業的なアザラシ漁によって大量に捕獲されました。特に彼らの体脂肪から油を採取する目的での乱獲により、その個体数はわずか100頭から1,000頭程度にまで激減し、絶滅寸前の危機に瀕しました。

しかし、20世紀に入った頃、メキシコのグアダルーペ島に少数の繁殖群が残っていることが発見され、これを機にメキシコ政府による保護が始まりました。その後、20世紀初頭からメキシコとアメリカ合衆国の両国において、キタゾウアザラシは法的に厳重に保護されるようになります。この手厚い保護政策の結果、彼らの個体数は劇的に回復し、現在では10万頭を超えるまでに増加しました。特にカリフォルニア州では、年間約25%という高い増加率で個体数が増え続け、新たな繁殖地が次々と形成されています。

個体数は回復しましたが、依然として彼らの生存を脅かす潜在的なリスクは存在します。病気の集団発生や海洋環境における毒物汚染は懸念される問題です。また、地球規模の気候変動、特にエルニーニョ現象などの異常気象は、彼らの生態系に大きな影響を及ぼす可能性があります。例えば、1997年から1998年にかけての強いエルニーニョ現象は、その時期に生まれた仔アザラシの80%が死亡するという壊滅的な影響をもたらしたと考えられています。

食性と潜水能力

キタゾウアザラシの主な餌は、イカやタコといった頭足類、ヌタウナギ、そして様々な種類の小型のサメを含む魚類です。彼らは非常に優れた潜水能力を持ち、餌の多くを深海で捕らえます。

雄は通常、300メートルから800メートルの深さで採餌活動を行いますが、時には1,500メートルもの深度まで潜ることが可能です。雌は雄に比べて体が小さいため、潜水深度は雄ほど深くはありません。

平均的な潜水時間は雄で約20分ですが、雌はこれよりやや短い傾向があります。しかし、次の潜水のために水面で息継ぎをするのに要する時間は、わずか3分程度です。最長記録では、2時間近くにわたる潜水も確認されており、この驚異的な能力が彼らの深海での採餌を支えています。

生態と行動

キタゾウアザラシは、特に夏の間に大量の体毛が抜け落ちる派手な換毛を行います。この換毛期には、体温を維持し、新しい毛が生え揃うまでの間、陸上の海岸で集まって過ごします。カリフォルニア州のアニョ・ヌエボ州立公園やポイント・レイズ国立保養海岸のような保護区域では、換毛期に多くのキタゾウアザラシが陸に上がってくる様子を観察することができます。

ただし、彼らを観察する際には十分な注意が必要です。人間やペットの犬などがアザラシに不必要に接近すると、彼らにストレスを与えたり、防御的な攻撃を誘発したりする危険性があります。安全な距離を保つため、観察者からは少なくとも30メートル以上離れることが推奨されています。

その大きな体格から陸上では動きが遅いと思われがちですが、実際には瞬間的に非常に素早く移動することが可能です。短距離であれば、多くの人間が走る速度を上回ることもあります。このため、陸上で遭遇した場合でも、安易に近づくことは避けるべきです。

若いキタゾウアザラシは、ホホジロザメのような大型の海洋捕食者にとって狙われやすい存在です。また、シャチに捕食されることもありますが、成熟した雄は、その巨大な体格のおかげで比較的捕食されにくい傾向があります。

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