キヤト氏

キヤト氏：モンゴル史における奔流の源流

キヤト氏（Qiyad、乞牙惕）は、モンゴル部を構成するボルジギン氏族から分かれた一支族であり、その歴史はカブル・カンにまで遡ります。キヤトという名称は、キヤン（Qiyan、乞顔）またはキャウン（Kiyoun、奇渥温）の複数形であり、「奔流」を意味するとされています。チンギス・カンの属するキヤト・ボルジギン氏も、このキヤト氏の一つの流れを汲んでいます。

起源：伝説に彩られた祖

キヤト氏の起源は、カブル・カン以前の時代にまで遡ります。古くからの伝承によれば、その祖先は以下のように語られています。

かつてモンゴルの祖先は、敵に滅ぼされて男女二人のみが残った。二人は敵から逃れてエルゲネ・クンという山に入り、そこで子を儲けて暮らした。時が経ち、エルゲネ・クンに住むモンゴルの人々は増え、そこから脱出して世界に出ようとした。しかし、エルゲネ・クンは鉄山に囲まれており、外に出る道はなかった。そこで、人々は鉄山を焼き払って脱出路を作り、外の世界に出ることができた。彼らがエルゲネ・クンから出た時、ブリュウチェル・ボルトという者が先頭に立った。

この伝承は、テュルクの始祖説話との類似性も指摘されていますが、『元朝秘史』をはじめとする他のモンゴル史料には見られない独自のものです。この伝承によれば、モンゴル民族の祖先はエルゲネ・クン山脈から出て、多くの氏族に分かれていったとされます。しかし、「キヤン」という名称は次第に使われなくなり、忘れ去られていきました。

カブル・カンの登場とキヤト氏の再興

歴史の表舞台に「キヤト」の名が再び現れるのは、カブル・カンがモンゴル部を統一した時代です。カブル・カンの子孫たちは、古くから伝わる伝承にちなみ、「キヤン」という栄誉ある氏を名乗り、結束して「キヤト」と称するようになりました。一方、カブル・カンと同族のチャラカイ・リンクゥの一族はネグス氏を名乗り、その孫であるアンバガイ・カンがモンゴル部の第二代カンとなりました。しかし、アンバガイ・カンの系統はタイチウト氏と称し、キヤト氏とタイチウト氏がボルジギン氏族の二大氏族として、3代にわたってモンゴルのカン位を独占しました。

キヤト氏から分かれた氏族

カブル・カンを祖とするキヤト氏は、その後の歴史の中でさらに多くの氏族に分かれていきました。

キヤト・ジュルキン氏： カブル・カンの長男オキン・バルカクの一族
キヤト・チャンシウト氏： カブル・カンの次男バルタン・バアトルの長男モンゲトゥ・キヤンの一族
キヤト・サヤール氏： カブル・カンの次男バルタン・バアトルの次男ネクン・タイシの一族、またはカブル・カンの四男クトラ・カンの一族
キヤト・ボルジギン氏： カブル・カンの次男バルタン・バアトルの三男イェスゲイ・バアトルの一族。チンギス・カンの家系。

まとめ

キヤト氏は、モンゴル部の歴史において重要な役割を果たした氏族集団です。その起源は伝説に彩られ、カブル・カンの登場によって再び勢力を拡大しました。キヤト氏から分かれた多くの氏族は、モンゴル帝国の拡大と発展に貢献し、その血脈は現在にも受け継がれています。

参考文献

ドーソン（訳注：佐口透）『モンゴル帝国史1』（1989年、平凡社、ISBN 4582801102）
宮脇淳子『モンゴルの歴史 遊牧民の誕生からモンゴル国まで』（刀水書房、2002年、ISBN 4887082444）
村上正二訳注『モンゴル秘史１チンギス・カン物語』（1970年、平凡社）

関連項目

ボルジギン氏
タイチウト氏
コンギラト氏

もう一度検索