コンギラト

コンギラト（Qonggirad）とは：モンゴル帝国の有力姻族

コンギラト（Qonggirad、モンゴル語: Хонгирад、中国語: 弘吉剌）は、モンゴル高原東部に存在したモンゴル系の遊牧民族です。モンゴル帝国から元朝時代にかけて、チンギス・カン家の后妃を多数輩出し、最も有力な姻族として繁栄しました。その名は「甕吉剌」とも表記され、オンギラト（ウンギラト）、現代モンゴル語の発音からはホンギラト（フンギラト）とも呼ばれます。

コンギラトの起源とモンゴル帝国以前の時代

ラシードゥッディーンの記録によると、コンギラトの族祖伝承では、ジュルク、クバイ・シレ、トスボダイという三人の始祖が「黄金の壺」から生まれたとされています。ジュルクからはコンギラト本族が、クバイ・シレからはイキレス氏とオルクヌウト氏が、トスボダイからはカラヌウト氏、コンクリウト氏、コルラス氏、イルジギン氏が生まれたと伝えられています。

この「黄金の壺」は、モンゴルの族祖伝承に登場するアラン・コアと同様に、将来の王者を孕む「聖なる容器」を意味すると考えられています。アラン・コア自身もコンギラト部コルラス氏の出身であり、これ以降、コンギラト部はモンゴル部と恒常的に通婚関係を持つようになりました。そのため、二つの族祖伝承は密接な関係にあると見られています。

チンギス・カンの先祖にもコンギラト部の女性がおり、曾祖父カブル・カンの妻コア・クルグ、父イェスゲイ・バートルの妻ホエルン（オルクヌウト氏）もコンギラト部の出身でした。チンギス・カン自身もコンギラト氏から分かれたボスクル氏のデイ・セチェンの娘ボルテを娶りました。当時のモンゴル部は弱小勢力であり、デイ・セチェンはこの婚姻に反対していましたが、ボルテの弟アルチ・ノヤンの尽力によって婚姻が成立したと伝えられています。チンギス・カンの弟たちも、ジョチ・カサルの妻アルタン（コルラス氏）やテムゲ・オッチギンの妻スンドクチン（オルクヌウト氏）のように、コンギラトに属する各氏族から妻を娶っていました。しかし、チンギス・カン以後、その子孫はほとんどがアルチ・ノヤンの子孫から妻を娶るようになりました。

中国の正史には、遼朝末期からコンギラトの名が見られます。金朝が遼を滅ぼした際、モンゴリアのトーラ川に逃れた耶律大石は、現地の諸部族を集めて自立しましたが、その中に「王紀剌（オンギラト）」の名がありました。金朝の章宗時代には、「広吉剌（コンギラト）」が諸部を脅かして塞に入ったため、宗浩が軍を率いて遠征したという記録も残っています。

モンゴル帝国時代におけるコンギラト

1206年にチンギス・カンがモンゴリアを統一してモンゴル帝国を建国すると、アルチ・ノヤンの家系は有力な姻族として重視されるようになりました。「姉妹交換婚」によって、アルチ・ノヤンの息子チグゥがチンギス・カンの娘トマルンを娶り、チンギス・カンの長男ジョチがアルチ・ノヤンの娘オキ・フジンを娶りました。また、チンギス・カンの次男チャガタイもアルチ・ノヤンの従兄弟カタ・ノヤンの娘イェスルンを娶りました。しかし、オゴデイとトゥルイは、有力姻族であるコンギラトの女性と結婚することができませんでした。

チンギス・カンの孫の世代になると、オゴデイ家とトゥルイ家は積極的にアルチ・ノヤン家と婚姻を結ぶようになり、オゴデイの息子クチュがアルチ・ノヤンの孫娘カタカシを娶り、アルチ・ノヤンの孫ノカがオゴデイの娘ソルカカンを娶りました。トゥルイ家では、長男モンケがアルチ・ノヤン家出身ではないものの、コンギラト出身の妃を三人娶りました。早世した次男ジョリケはアルチ・ノヤンの娘ブルガイを娶り、クビライもアルチ・ノヤンの娘チャブイを娶りました。

しかし、同時期にオイラト部のクドカ・ベキ家が、アルチ・ノヤン家に次ぐ有力姻族として急速に婚姻関係を広げていました。ジョチ家とチャガタイ家、アルチ・ノヤン家と姻戚関係を結べなかったトゥルイ家のフレグとアリクブケは、クドカ・ベキ家の女性を娶りました。さらに、カアンとなったモンケによってオゴデイ家に弾圧が加えられ、モンケ自身もクドカ・ベキ家との婚姻関係を重視するようになったため、一時的にアルチ・ノヤン家の地位は低下しました。

元朝時代におけるコンギラト

モンケ・カアンの死後、カアン位を巡ってクビライとアリク・ブケの間でモンゴル帝国帝位継承戦争が勃発しました。クビライを支持する勢力には、姻族コンギラトを含む「左手の五投下」があり、アリク・ブケを支持する最大の勢力は、姻族オイラトでした。継承戦争の結果、クビライがオイラトのクトカ・ベキ家を姻族とするアリクブケを破ってカアンとなったことで、再びコンギラトのアルチ・ノヤン家が最有力姻族として重視されるようになりました。

クビライとチャブイの間に生まれたチンキムは皇太子として朝政に加わり、政敵アフマド・ファナーカティーの死後は臣下としては最大の権力を持つに至りました。チンキムが父クビライに先立って急死すると、その膨大な遺産は同じくコンギラト部出身の妻ココジンが管理することになり、ココジンはクビライ死後のクリルタイを主催するなど、テムル・カアン時代初期まで大きな影響力を持ったのです。

その後も、コンギラト部は元朝の政治に深く関与し、皇室との婚姻関係を通じて権勢を維持しました。しかし、14世紀に元朝が衰退するとともに、コンギラト部の勢力も衰えていきました。

北元時代以降のコンギラト

1368年に明朝が興ると、コンギラト部の所領も攻撃を受け、ハーンのトゴン・テムルは応昌に逃れましたが、1370年に応昌は明軍の攻撃によって陥落しました。元朝時代の「左手の五投下」の中では、ジャライル部のナガチュのみが長く明朝に対抗しましたが、1387年に明朝への降伏を余儀なくされました。この際、明軍の攻撃を逃れた人々がフルンボイル地方に逃れ、これが後のハルハ・トゥメンに発展したと考えられています。

以後100年ほどの空白期間を経て、コンギラトは内ハルハ5部の一つとして再び史料上に記されるようになります。17世紀以降に編纂されたモンゴル語年代記でも、ハルハ・トゥメン傘下の部族としてコンギラトの活動が記されており、コンギラトのアサリ太保（Asali tayibu、エセレイとも）が、ボライ太師らとともにエセン・ハーンに殺されそうになったバヤン・モンケを護送したことや、ダヤン・ハーンの右翼征討時にバートル・クリスンが活躍したことなどが記録されています。しかし、ダヤン・ハーンの右翼征討以後はコンギラトの名を記されることは少なくなり、代わって「内ハルハ五部」の中ではジャルート部について多く記されるようになるため、この頃に内ハルハで最も有力な部族がハルハからジャルートに代わられたものと推測されています。

コンギラトの構成氏族

コンギラト（オンギラト）（Onggirad, Qonggirad）氏族
イキレス（イキラス）（Ikirās）氏族
オルクヌウト（Olqunūt）氏族
カラヌウト（Qaranūt）氏族
コンクリウト（Qonqliūt）氏族
コルラス（Qorlās）氏族
エルジギン（Eljigin）氏族
ボスクル（Bosqūl）氏族

コンギラト出身の后妃

イェスゲイ・バートルの妻ホエルン（宣懿太后）
チンギス・カンの正妃ボルテ（光献翼聖皇后）
モンケの正妃フトクタイ（貞節皇后）
モンケの皇后イェスル
クビライの正妃チャブイ（昭睿順聖皇后）
クビライの皇后ナムブイ
チンキムの正妃ココジン（徽仁裕聖皇后）
テムルの正妃シリンダリ（貞慈静懿皇后）
ダルマバラの正妃ダギ（昭献元聖皇后）
カイシャンの正妃ジンゲ（宣慈恵聖皇后）
アユルバルワダの正妃ラトナシリ（荘懿慈聖皇后）
カマラの正妃ブヤンケルミシュ（宣懿淑聖皇后）
イェスン・[[テムル]]の皇后バブカン
トク・テムルの皇后ブダシリ
イリンジバルの皇后ダリエテミシ
トゴン・テムルの皇后バヤン・クトゥク

コンギラト部は、モンゴル帝国の興隆から元朝の衰退、そして北元時代へと、その歴史の中で重要な役割を果たした遊牧民族でした。彼らの足跡は、モンゴル史、ひいてはユーラシア史において、特筆すべきものと言えるでしょう。

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