ボルジギン氏

ボルジギン氏：モンゴル帝国の源流

ボルジギン氏（Borjigin）は、モンゴル帝国のカアン（ハーン）の家系となったモンゴル部の中核氏族です。12世紀頃、アルグン川渓谷にいた蒙兀室韋（蒙瓦部）を起源とし、ボドンチャルという人物を始祖とする男系によって構成されています。この氏族は、史上初めて全モンゴル部族を支配したとされるカブル・カンを輩出し、モンゴル部のカン（王）を独占しました。

13世紀にはチンギス・カンがモンゴル高原の遊牧部族を統一し、モンゴル帝国を築き上げました。それ以降、ボルジギン氏はモンゴル高原で最も高貴な氏族とみなされ、チンギス・カンの男系は現在まで連綿と続いています。その名は、現代のモンゴル国や中華人民共和国においても、氏族の名称として残っています。

ボルジギン氏の始祖説話

ボルジギン氏の始祖説話は、『元朝秘史』に詳しく記述されています。それによると、その根源は天の命令を受けて生まれた「ボルテ・チノ」（蒼き狼）と、その妻「コアイ・マラル」（惨白き牝鹿）に遡ります。彼らは大湖（バイカル湖）を渡り、オノン川上流のブルカン岳にやって来ました。

ボルテ・チノの11世の孫であるドブン・メルゲンは早世しますが、未亡人のアラン・ゴアは天からの光を感じ、夫を持たないまま3人の息子をもうけます。その末子がボドンチャルであり、チンギス・カンの所属するボルジギン氏の祖となります。

この説話は、ボルジギン氏が天の子孫であり、他のモンゴル部族とは異なる高貴な家柄であることを示唆しています。

ボドンチャルから始まるボルジギン氏の発展

アラン・ゴアが生んだ息子たちから、それぞれ異なる氏族が派生しました。長男ベルグヌテイの子孫はベルグヌウト氏、次男ブグヌテイの子孫はブグヌウト氏、三男ブグゥ・カタギの子孫はカタギン氏、四男ブカトゥ・サルジの子孫はサルジウト氏となりました。そして、五男ボドンチャル・ムンカクの子孫がボルジギン氏を形成しました。

ボドンチャルの孫であるメネン・トドンが死去すると、妻モヌルンと7人の子供たちが残されました。一方、ジャライル部族は契丹（遼）によって大殺戮を受けており、70戸がモヌルンの領土に避難してきます。飢えに苦しんだ彼らがモヌルンの牧地で草根を掘り始めたことに怒ったモヌルンは、彼らを負傷させてしまいます。これに怒ったジャライル人たちはモヌルンの子供たちと戦闘になり、6人が殺害され、モヌルン自身も殺されてしまいます。

生き残ったのは、乳母に隠された孫のカイドゥと婿に出た七男のナチンだけでした。この知らせを聞いたナチンは、急いで実家に戻り、カイドゥを保護し、ジャライル族を討ちました。成長したカイドゥは、バルグ地方の住民に首長として迎えられ、ジャライル部族への復讐を果たしました。彼はバルグジン・トグム地方を領有し、そこで亡くなりました。

チンギス・カン以前のキヤト氏

カイドゥの曾孫であるカブルの時代に、ボルジギン氏は全モンゴル部族を統一することに成功しました。カブル・カンは「すべてのモンゴル人を統べた」とされ、モンゴルの歴史上初めてモンゴル部族を統一する王（カン）となりました。

カブル・カンは金朝への入朝時に無礼な振る舞いをしたため、金朝の兵に追われる身となりました。しかし、追ってきた使者を皆殺しにしたとされます。この頃、モンゴル部族の居住地はオノン川流域からアルグン川流域に広がっていました。中国側の記録には、1140年代にカブル・カンと思われる人物（熬羅孛極烈）が率いる朦骨（モンゴル）国が金朝に侵攻したことが記されています。

カブル・カンの死後、カン位は又従兄弟にあたるアンバガイに引き継がれました。カブル・カンの子孫はキヤト氏、アンバガイの子孫はタイチウト氏として、モンゴル部の二大集団を形成しました。しかし、アンバガイ・カンはタタル部族に捕らえられ、金に引き渡されて残酷な方法で処刑されます。

その後、カブル・カンの子であるクトラ・カンとその一族は、タタルと金への復讐を繰り返しました。この抗争の中で台頭したのが、クトラ・カンの兄であるバルタン・バアトルの三男イェスゲイです。彼の長男がチンギス・カン（テムジン）となります。

イェスゲイは、タタル族の長を殺害し功績を挙げましたが、以前の戦いでタタル族の恨みを買い、コンギラトのボスクル氏族に息子のテムジンを送りに行った帰りに毒殺されました。

イェスゲイの死後、キヤト氏族の指導力は低下し、タイチウト氏族にその座を奪われました。テムジンは父の死後、衰退した勢力を回復させ、タイチウトだけでなく、タタル、ケレイト、メルキト、ナイマンなどの諸勢力を滅ぼし、チンギス・カンに即位しました。

モンゴル帝国以降のボルジギン氏

モンゴル帝国下では、チンギス・カンとその兄弟の子孫は「黄金の氏族（アルタン・ウルク）」と呼ばれ、君主の血筋とみなされました。チンギス・カン兄弟以外のキヤト氏族は「ボルジギン」と称され、ボルジギンはモンゴル帝国のカアン家に固有の氏族名として使われるようになりました。

チンギス・カンが築いたモンゴル帝国は、中国からロシア、中東にまで勢力を拡大し、世界史上空前の大帝国に成長しました。ボルジギン氏の子孫たちは、帝国の最高君主であるカアン位を継承した元朝を始め、チャガタイ・ウルス、ジョチ・ウルス、フレグ・ウルスなど様々な王国を形成し、王家として栄えました。

これらの政権は14世紀に衰退・解体しましたが、モンゴル帝国の旧支配地では、ボルジギン氏のチンギス・カンの男系子孫しかカアンになれないという「チンギス統原理」が根強く残りました。

モンゴル高原では、元が明に追われた後、ボルジギン氏の王家は一時衰退しましたが、16世紀初頭にダヤン・ハーンがモンゴル高原を再統一し、勢力を盛り返しました。ダヤン・ハーンの子孫たちは、各部族を支配する王侯として定着し、17世紀以降の清の支配下でもその地位を保ち、ボルジギト氏は清朝の皇帝とも血縁関係を結びました。

20世紀には、デムチュクドンロブやダリジャヤなど、政治的に重要な役割を果たした人物を輩出しました。

現代のボルジギン氏

現代のモンゴル国や中華人民共和国のモンゴル人社会でも、ボルジギン氏はオボク（氏族）として存在しています。中国のモンゴル族では、便宜上オボクを姓の代わりに名乗ることがあり、チンギス・カンの血を引く人々が「ボルジギン」を姓のように名乗っています。

また、モンゴル国では民主化後、社会主義時代に使われなくなったオボク名を復活させる動きがありましたが、「ボルジギン」をオボクとして申告する人が非常に多かったと言われています。

参考文献

ドーソン（訳注：佐口透）『モンゴル帝国史1』（1989年、平凡社、ISBN 4582801102）
村上正二訳注『モンゴル秘史１チンギス・カン物語』（1970年、平凡社）

ボルジギン氏