キューレーネー

古代ギリシアの神話に語り継がれるキューレーネー（古希: Κυρήνη, Kȳrēnē）は、たくましい女性の英雄、あるいは一部では女神として崇拝された存在です。長母音を省略して「キュレネ」とも表記されますが、ペラスゴスの妻として知られる同名の女性とは明確に区別されています。

系譜

彼女の出自は高貴でありながら、自然と深く結びついていました。父はテッサリア地方を流れるペーネイオス川の河神ペーネイオスと、水のニュンペー（ニンフ）であるクレウーサの子である、ラピテース族の王ヒュプセウスです。母は、同じく水のニュンペーの一人であるクリダノペーと伝えられています。この系譜から、彼女が河や水の精霊との関連を持つことがうかがえます。

狩猟を愛した乙女

キューレーネーは、同時代の女性に期待される家庭内の仕事よりも、広大な野外での活動、特に狩猟に強い情熱を注ぎました。その技量は非常に優れており、一説には、狩猟と貞潔の女神アルテミスから二頭の優れた猟犬を贈られたとも語られています。彼女の狩猟に対する愛と才能は、後の運命を決定づける出来事へと繋がります。

ライオンとの格闘とアポローンの恋

ある時、テッサリアのペーリオン山で狩りをしていたキューレーネーは、獰猛で巨大なライオンに遭遇しました。しかし、彼女は恐れることなくこの獣に立ち向かい、激しい格闘の末、見事にライオンを仕留めました。この驚くべき光景を偶然にも目撃していたのが、光明と芸術の神アポローンでした。アポローンはその力強く、野性的な美しさに深く心を奪われ、たちまち恋に落ちたと言われています。

アポローンはこの女性について、賢明な半人半馬（ケンタウロス）のケイローンに相談を持ちかけました。ケイローンはアポローンの燃えるような恋心を見抜くと、躊躇なくキューレーネーを妻として迎えるべきだと助言し、さらに彼女がアポローンとの間に神の子を身ごもるであろうと予言しました。この予言と助言に従ったアポローンは、キューレーネーを黄金の馬車に乗せ、遙か遠い北アフリカのリビュア地方にある、伝説的なゼウスの庭園へと連れ去りました。

リビュアでの生活と子孫

リビュアに到着した二人を、愛と美の女神アプロディーテーが歓迎したと伝えられています。この地で、キューレーネーはアポローンとの間に最初の子を産み落としました。その子が、後に養蜂や牧畜、果樹栽培などの技術を人間に伝えた文化英雄として知られるアリスタイオスです。

後世、このアリスタイオスが生まれ育った場所に、母であるキューレーネーの名を冠した偉大なギリシア植民都市「キュレネ（キューレーネー）」が建設されました。これは、母子の神話がその地の歴史と深く結びついていることを示しています。

成長したアリスタイオスが、飼っていたミツバチの謎の大量死に直面して悲嘆に暮れた際、キューレーネーは息子の苦悩を聞き、海の知者プローテウスのもとを訪ねて問題の解決策を聞き出すよう助言を与えたエピソードも語られています。

キューレーネーはアポローンとの間に、アリスタイオス以外にも子をもうけています。その一人に、後にアルゴー船 탐험隊に予言者として加わったイドモーンがいます。さらに、このイドモーンの息子テストールは、トロイア戦争でギリシア軍を導いた有名な予言者カルカースの父にあたります。キューレーネーの子孫は、予言や文化の分野で重要な役割を果たしたことがわかります。

異説

また、キューレーネーについては異なる系譜を伝える説も存在します。それは、彼女がアポローンではなく、戦いの神アレースとの間に子をもうけたというものです。この異説によれば、彼女はトラーキア地方の非道な王ディオメーデースの母であるとされます。このディオメーデースは人間を食べる恐ろしい馬を飼育しており、英雄ヘーラクレースがその八番目の難業として彼の馬を奪いに来た際に、ヘーラクレースによって討ち取られた人物です。

このように、キューレーネーは単なるアポローンの妻としてだけでなく、ライオンを倒す力強い女性、植民都市の名の由来、そして文化英雄や著名な予言者の祖母として、ギリシア神話の様々な場面にその名を残しています。カリマコスによれば、ペリアース王の葬礼競技での徒歩競走で優勝したという逸話もあり、その身体能力の高さが強調されています。自然の中で育まれ、神に見初められ、新たな地に文化をもたらした伝説的な存在と言えるでしょう。

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