キリキアのシンプリキオス

キリキアのシンプリキオス：古代最後のネオプラトニスト

キリキアのシンプリキオス（490年 - 560年）は、古代末期のネオプラトニズムを代表する哲学者の一人です。彼は、キリキア地方で生まれ、アレクサンドリアでアンモニオス・ヘルメイウ、アテネでダマスキオスに師事しました。プロクロスを「私の師たちの師」と呼び、その思想に大きな影響を受けたとされています。シンプリキオスは、アリストテレスの著作に関する詳細な注釈を残し、その莫大な知識と深い洞察から、古代最後の偉大な哲学者の一人として知られています。彼の注釈は、今日では失われてしまったであろう初期哲学者の貴重な情報を数多く伝えています。

ユスティニアヌスの迫害とペルシア亡命

6世紀初頭、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスは非キリスト教徒への弾圧を強めました。529年には、アテネのアカデメイアが閉鎖され、哲学の教授が禁じられました。シンプリキオスは、ダマスキオスら他の哲学者たちとともに、迫害を逃れるため、ササン朝ペルシアの宮廷に亡命しました。533年、ローマとペルシアの間で和平条約が結ばれ、哲学者たちは故郷へ戻ることを許されました。

シンプリキオスがその後どこで生活し、教授活動を行っていたのかは不明です。しかし、彼の注釈には聞き手への語りかけや、授業内容を示唆する記述が見られることから、彼は実際に弟子を指導していたことが分かります。アレクサンドリアかアテネ、あるいはコンスタンティノープル以外の都市で活動していた可能性は低いと考えられます。彼の著作『エピクテートスの要綱註解』の結びにある記述から、迫害の時期もしくはその後、作品を執筆していたことが推測されます。また、キリスト教の哲学者ピロポノスとの間で、宇宙の創造に関する論争があったことも知られています。

アリストテレス注釈における貢献

シンプリキオスの現存する著作は、主にアリストテレスの著作に関する注釈です。『天界論注解』『自然学註解』『カテゴリー論注解』、そしてエピクテートスの『要綱註解』などが知られています。また、『霊魂論注解』も彼の名で伝わっていますが、文体や内容から、リュディアのプリスキアノスが著した可能性も指摘されています。

シンプリキオスの注釈は、単なる解説にとどまりません。彼は、アリストテレスの思想を深く理解し、ネオプラトニズムの観点から独自の解釈を加えています。特に、プラトンとアリストテレスの思想の調和を図ろうとした点は注目に値します。彼は、アリストテレスの言葉の表面的な意味と、より深い隠された意味を区別し、プラトン主義との共通点を探ろうとしました。その努力によって、アリストテレスだけでなく、前ソクラテス哲学者やペリパトス学派の失われた著作の一部を現代に伝えています。

シンプリキオスは、アリストテレス研究において、アフロディシアスのアレクサンドロスらの先人の注釈を深く研究し、参考にしながらも、独自の批判的視点から注釈を執筆しています。彼は、アレクサンドロスの解釈に反対する場面も多く、時には彼の見解を批判的に検討することで、アリストテレスの思想をより深く理解することに貢献しました。

注解者としての心構え

シンプリキオス自身は、優れた注釈者の資質について、『カテゴリー論注解』で論じています。彼は、優れた注釈者は、アリストテレスの思想を深く理解し、公平な立場から、テキストの表面的な意味と深い意味の両方を理解し、調和させるべきだと主張しました。アリストテレスとプラトンは親しい友人であるが、真理はさらに親しい友人であるという格言で、アリストテレスへの批判を正当化しています。

プラトンとアリストテレスの調和

シンプリキオスは、プラトンとアリストテレスの思想の調和を重視しました。これは、ネオプラトニズムの伝統の中で、アリストテレスを批判的に解釈する傾向のあったシュリアノスやプロクロスとは異なるアプローチです。シンプリキオスは、アリストテレスの思想をプラトン主義に統合しようとする努力を通して、古代ギリシャ哲学全体を統一的な知的伝統として捉えようとしたのです。

主要著作

『天界論注解』
『自然学註解』
『カテゴリー論注解』
『エピクテートスの要綱註解』
* 『霊魂論注解』(真偽不明)

シンプリキオスの著作は、古代哲学の理解を深める上で非常に重要な資料であり、彼の貢献は現代においても高く評価されています。彼の生涯と業績は、古代哲学史における重要な一章を飾るものです。

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