ギオマール・ノヴァエス

概要

ギオマール・ノヴァエス（1895年2月28日 – 1979年 3月7日）は、ブラジルが生んだ最も傑出したピアニストの一人です。彼女は、その独特な音楽性、暖かく透明感のある音色、情感豊かに歌い上げるようなフレージング、そして作品に対する深遠かつ繊細な理解により、20世紀のクラシック音楽史において特別な地位を確立しました。多くの批評家や聴衆から、「神に愛されたピアニスト」と称され、同時代の偉大な演奏家たちと並び称されています。

生い立ちと教育

ノヴァエスは、サンパウロ州のサン・ジョアン・ダ・ボア・ヴィスタにて、大家族の末子として生まれました。幼い頃からピアノに非凡な才能を示し、ブラジルでアントニエッタ・ラッジ・ミエラーやルイージ・キファレッリに師事し、基礎を築きます。

彼女の音楽家としてのキャリアにおける大きな転機は、1909年のパリ音楽院への留学でした。当時、外国人枠はわずか2名という狭き門に対し、387名もの志願者が集まるという厳しい状況の中、ノヴァエスは難関の入学試験を見事に突破しました。試験官には、モーリッツ・モシュコフスキー、ガブリエル・フォーレ、クロード・ドビュッシーといった当時の音楽界を代表する巨匠たちが顔を揃えていました。ノヴァエスはリスト、ショパン、シューマンの大曲を演奏し、見事首位で合格を果たしました。特にドビュッシーは、後に私的な書簡で、若きブラジル人少女が見せた、聴衆や審査員の存在を忘れるかのような没入感あふれる美しい演奏に深い感銘を受けたことを記しています。

パリ音楽院では、名教師イシドール・フィリップに師事しました。フィリップとの間には、彼女の強い意志を示す逸話が残っています。ベートーヴェンの「告別」ソナタを演奏した際、フィリップは第2楽章のテンポが速すぎると指摘し、遅くするよう求めました。しかし、ノヴァエスは一時考え込んだ後、細部をわずかに変えつつも、元のテンポで演奏を繰り返しました。このやり取りが何度か続き、最終的にフィリップは彼女の頑なさに折れたと言われています。フィリップは後に、「あの若さで、自分自身の考えというものをしっかり持っていた」と述懐し、その資質を認めています。これは、彼女がパリ以前から既に独自の音楽観を培っていたことを示唆する出来事でした。

演奏活動

パリでの研鑽を終える頃、ノヴァエスは既にプロフェッショナルな演奏家としての準備を整えていました。1910年末までには、ガブリエル・ピエルネ指揮のシャトレー管弦楽団との公式デビューを飾り、ヨーロッパ各地で精力的に演奏活動を展開しました。イングランドではヘンリー・ウッド卿指揮の下で演奏し、イタリア、スイス、ドイツなどでもその才能を披露しました。

第一次世界大戦の勃発に伴いブラジルへ一時帰国しますが、1915年にはアメリカ合衆国でのデビューを果たします。わずか19歳でのニューヨーク、エオリアン・ホールでの公演は、現地の批評家から熱狂的な賛辞をもって迎えられました。『ニューヨーク・タイムズ』紙は彼女を「神に愛でられたピアニスト」と称え、『ボストン・グローブ』紙は「ピアノの若き俊英」と評しました。こうして、彼女は「パンパスの女パデレフスキー」という愛称と共に、特にニューヨークを中心にアメリカ国内で高い人気を博し、頻繁に演奏を行いました。彼女の演奏活動は長く続き、1970年代初頭まで第一線で活躍。最後の公演は1972年にニューヨークのハンター大学で行われています。

芸術性と演奏スタイル

長年にわたる国際的なキャリアを通じて、ノヴァエスは非常に幅広いレパートリーを持ちました。どのような作品を演奏する際も、彼女の音楽には一貫した特徴が見られました。特に、旋律線を情感豊かに歌い上げる能力は群を抜いていました。演奏中の姿勢は常に無理がなく自然体であり、鍵盤に向かうその優雅な態度もまた称賛の対象となりました。困難なパッセージであっても力む様子を見せず、ピアノが奏者に課す身体的な緊張を感じさせない稀有なピアニストでした。

ノヴァエスの音色や繊細な表現は、19世紀ロマン派時代の偉大なピアニストたちを彷彿とさせると評されました。彼女の演奏技巧は極めてしなやかで、無理な力に頼るものではありませんでした。

彼女の演奏は、常に濃密な詩的な情緒と、独特の女性的な感性が際立っていました。著名な音楽評論家ハロルド・ショーンバーグは、著書『ピアノ音楽の巨匠たち』の中で、1950年代後半のアンドレ・クリュイタンス指揮によるシューマンのピアノ協奏曲の演奏を回想し、その演奏がヨゼフ・ホフマンのそれに著しく似ていたと述べています。特に、その柔軟性、音色の繊細さ、そして確固としたリズム感を共通点として挙げています。また、ホフマンと同様に、ノヴァエスも同じ曲を二度と同じようには弾かなかったと言われています。彼女は演奏ごとに作品へのアプローチを微妙に変え、その都度生まれる新しい解釈は、まるで必然であるかのように、そして極めて自然に響いたのです。

遺産と録音

ギオマール・ノヴァエスは、ベートーヴェン、シューマン、ショパン、そしてドビュッシーなどの作品における、その精妙で洞察に富んだ解釈によって特に知られています。彼女の比類なき芸術は、現在では入手が困難なものも多いですが、数多くの録音を通じて後世に伝えられています。中でも、オットー・クレンペラー指揮のウィーン交響楽団との共演によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の録音は、今日でも批評家や音楽関係者から高く評価されています。

彼女は1920年代に初期の録音を残し、RCA社などにも録音を行いましたが、最も精力的に録音活動を行ったのは1950年代にヴォックス・レーベルに在籍していた時期でした。この時期には、ショパンのピアノ協奏曲第1番やソナタ第2番・第3番といった大作から、練習曲、即興曲、夜想曲、子守唄などの小品に至るまで、幅広いショパン作品を網羅的に録音しました。また、得意としていたグリーグのピアノ協奏曲など、他のレパートリーも集中的に収録しています。晩年の1960年代後半には、ヴァンガード・クラシックス・レーベルにベートーヴェンのソナタやショパンの小品をステレオ録音しており、そこには若い頃にイシドール・フィリップとの逸話があった「告別」ソナタも含まれています。

ギオマール・ノヴァエスは、その卓越した才能と独自の芸術性により、ブラジルそして世界の音楽史に不朽の足跡を残した偉大なピアニストです。彼女の温かい音楽と個性的な解釈は、今なお多くの音楽愛好家を魅了し続けています。

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