アンドレ・クリュイタンス

アンドレ・クリュイタンス（André Cluytens, 1905年3月26日 - 1967年6月3日）は、ベルギーのアントウェルペンで生まれ、主にフランスで活躍した指揮者です。音楽家の家系に育ち、幼少期から音楽教育を受けました。

生い立ちと音楽教育

1905年、クリュイタンスはアントウェルペンで音楽家の家庭に誕生しました。父親も音楽家であり、幼い頃から音楽に囲まれた環境で育ちました。9歳からアントウェルペン王立音楽院でピアノ、和声、対位法を学び、作曲家のジェフ・マースと同窓でした。また、王立劇場の指揮者であった父親からも指導を受けました。ベルギーは多言語国家であり、公用語としてフランス語、フラマン語（オランダ語の近縁言語）、ドイツ語がありますが、クリュイタンスの父は「フラマン語のオペラは存在しない」という理由で息子にドイツ語を教えました。この教育環境が、クリュイタンスがフランスとドイツの音楽文化の両方を深く理解することに繋がりました。この幅広い教養が、一般的には対照的とされるフランス音楽とドイツ音楽の両方を自在に演奏する彼の能力の基盤となりました。フランス語圏出身でドイツ音楽も得意とする指揮者として、ピエール・モントゥーと並び称される存在です。（同様に独仏音楽を得意としたミュンシュは、家系、出生当時の国籍ともにドイツのアルザス人です）。

キャリア

アントウェルペン王立音楽院卒業後、1922年に王立歌劇場の合唱指揮者となり、1927年には同歌劇場の第一指揮者に任命されました。この時、ビゼーの歌劇『真珠採り』を代役として指揮し、高い評価を得ました。1932年からはフランスの歌劇場でも活動を開始し、1944年にはパリ・オペラ座の指揮者に就任。1949年にはシャルル・ミュンシュの後任としてパリ音楽院管弦楽団の首席指揮者となり、1967年に亡くなるまで、このコンビは黄金時代を築きました。さらに、フランス国立放送管弦楽団やベルギー国立管弦楽団の指揮も兼任しました。

1955年には、ベルギー出身の指揮者として初めてバイロイト音楽祭に参加し、歌劇『タンホイザー』を指揮しました。1956年には急逝したエーリヒ・クライバーの代役として、カール・シューリヒトと共にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のアメリカ演奏旅行を行い、成功を収めました。その後もベルリン・フィルハーモニー管弦楽団など、数多くのオーケストラに客演を重ね、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートにも度々出演しました。

1964年5月には、大阪国際フェスティバル協会の招きでパリ音楽院管弦楽団と共に来日し、ベートーヴェン、ブラームス、ベルリオーズ、ラヴェルなどの作品を演奏しました。この演奏は「日本のオーケストラに絶望すら感じさせた」と評されるほどの衝撃を与え、クリュイタンスの評価を不動のものとしましたが、これが最初で最後の来日となりました。1967年6月3日、パリで胃癌により急逝、62歳で生涯を閉じました。

クリュイタンスは演奏活動の傍ら、パリ国立高等音楽院で教鞭も執り、指揮法を教えました。彼の教え子には、ジョルジュ・プレートル、カレル・フサ、フローリアン・オラールなどがいます。クリュイタンスの死後、パリ音楽院管弦楽団は発展的に解散し、パリ管弦楽団へと改組されました。

レパートリー

クリュイタンスは、フランス系の指揮者として、ラヴェルの管弦楽曲集、ビゼーの「アルルの女」組曲、ベルリオーズの『幻想交響曲』や序曲「ローマの謝肉祭」、フォーレのレクイエムなど、フランス音楽の演奏に長けており、これらの作品は現在でも不朽の名盤として語り継がれています。また、ドイツ音楽にも造詣が深く、特にベートーヴェンの演奏は高く評価されており、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による初のベートーヴェン交響曲全集の録音は、当時の常任指揮者であったヘルベルト・フォン・カラヤンではなく、クリュイタンスによって行われました。

関連項目

アニャ・シリヤ

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