ギーラーン共和国

ギーラーン共和国：イラン北部における短命な社会主義国家

ギーラーン共和国は、1920年から1921年にかけてイラン北部のギーラーン州に存在した社会主義国家です。正式名称は「イラン・ソビエト社会主義共和国」といいます。この共和国は、当時イランをめぐる国際的な駆け引きと国内の社会変革の動きが複雑に絡み合う中で誕生しました。

成立の背景

第一次世界大戦中、イランはガージャール朝の弱体化により、イギリスとロシア帝国の半植民地状態に置かれていました。ギーラーン州では、イギリスとロシアの干渉に抵抗するパルチザン勢力が存在し、その中心となったのがミールザー・クーチェク・ハーン率いる「ジャンギャリー運動」でした。彼らは、イランの独立と変革を求めて戦っていました。

ロシア革命後、ロシア軍がイランから撤退すると、イギリスの影響力が強まりました。1919年の英波協定により、イランは事実上イギリスの保護国となりました。これにより、ジャンギャリー運動は反英、反テヘラン政府へと転換しました。一方、ボリシェヴィキはイランの階級闘争を支援する動きを見せ始めました。

共和国の樹立

1920年5月、ボリシェヴィキの赤軍は、白軍艦隊拿捕を名目にギーラーンのアンザリー港に侵攻し、イギリス軍を撃退しました。その後、赤軍はジャンギャリー運動と協力し、6月4日にクーチェクはラシュトで「イラン・ソビエト社会主義共和国」の樹立を宣言しました。これにより、旧地方政庁は解体され、革命政府が組織されました。

新政府は、イラン共産党とジャンギャリー運動の連立政権として発足しましたが、内部対立がすぐに表面化しました。共産党は労働者や農民を支持基盤とする一方、ジャンギャリーは地主や商業ブルジョワジーを支持基盤としていました。クーチェク自身は民族主義者であり、共産党の土地改革や労働運動には否定的でした。

内部対立とクーデター

1920年7月、クーチェクと共産党の対立は激化しました。共産党はクーチェクを政権から排除することを決定し、クーチェクはラシュトを離れてフーマンの森へ移動しました。

その後、共産党はボリシェヴィキ・イラン局の支援を受け、クーデターを実行しました。新たな政権はエフサーノッラーを議長とし、社会改革を強力に進めました。私的交換の禁止、企業の国有化、反宗教政策などが実施され、地元住民の反発を招きました。さらに、テヘランへの無謀な進撃を試み、失敗に終わりました。

モスクワの方針転換

イラン共産党が急進的な共産主義政策を進める一方で、モスクワのボリシェヴィキ党中央はイラン情勢への干渉に及び腰になっていきました。ソ連は対ポーランド戦争を抱えており、東方に新たな戦線を開くことを避けたかったのです。

ソ連はイラン共産党に対し、民族ブルジョワジーとの共闘を求めましたが、イラン共産党はこれをジャンギャリーとの協調と解釈しました。一方、ソ連が重視していたのはテヘラン政府との関係であり、両者の間に溝が生じました。

共和国の崩壊

1921年、テヘラン政府のレザー・ハーンがクーデターを起こし、ギーラーン共和国との関係は決定的に悪化しました。ソ連はテヘラン政府との友好条約を締結し、ギーラーン共和国に解散を迫りました。

しかし、イラン共産党は統一戦線を再結成し、革命路線を復活させました。これに対し、レザー・ハーンはギーラーンへの掃討作戦を開始し、11月にラシュトは陥落、共和国は崩壊しました。

クーチェクは凍死し、エフサーノッラーは亡命しました。ヘイダルはクーチェク派によって殺害されました。

評価

ソ連の歴史学では、ギーラーン共和国の崩壊はクーチェクの民族主義的な姿勢に帰されていました。しかし、ソ連崩壊後の研究では、共産党左派の理論的未熟さも指摘されています。イランでは、クーチェクは愛国者として高く評価されており、ジャンギャリー運動を率いた英雄として認識されています。

ギーラーン革命は、イランにおける社会主義運動の失敗例として、また、パフラヴィー朝の独裁を生み出す遠因として、現代のイラン社会に影響を与え続けています。

ギーラーン共和国は、その短命さにもかかわらず、イラン近代史における重要な転換点であり、民族主義、共産主義、国際政治が複雑に絡み合った激動の時代を象徴する出来事であったと言えるでしょう。

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