クアウテモック

クアウテモック（Cuauhtémoc, 1495年頃 - 1525年2月28日）は、メソアメリカにかつて存在したアステカ（メシカ）の第11代皇帝（トラトアニ）であり、その最後の君主とされている人物です。彼の名は、アステカの言葉ナワトル語で「急降下する鷲」、あるいは「地に落ちる鷲」を意味すると解釈されています。アステカ帝国の最盛期を築いた第9代皇帝モクテスマ2世（モテクソマ・ショコヨツィン）は、彼にとって従兄弟にあたります。

彼の即位は、アステカ帝国がスペイン人の侵略者エルナン・コルテス率いる軍勢と対峙する、まさに存亡の危機に瀕した時期でした。1520年、モクテスマ2世の死後、その甥であるクイトラワクが皇帝に即位しましたが、彼はスペイン軍が持ち込んだ天然痘により、わずか80日ほどの在位期間で病没してしまいます。この未曽有の危機の中、トラテロルコの太守であった25歳のクアウテモックが、アステカの人々によって新たな指導者、すなわち第11代皇帝として推戴されたのです。彼の即位に際して、前皇帝クイトラワクの妃であり、モクテスマ2世の娘でもあった高貴な女性が、彼の后として迎えられました。当時のスペイン側の記録には、クアウテモックが即位した際の印象として、「貴族と勇者に求められる全ての特性を備えた25歳の若者であり、並外れて美しいモクテスマの娘を妻に迎えた人物」と描写されているものもあります。

1521年、コルテスはアステカ帝国の心臓部である首都テノチティトランを徹底的に包囲しました。クアウテモックは、絶望的な状況下にもかかわらず、市民を鼓舞し、巧みな戦略をもってスペイン軍およびその同盟部族に対し、約3ヶ月にわたる熾烈な抵抗戦を指揮しました。彼は最後まで首都を守り抜こうとしましたが、食糧や水の供給を断たれ、病気が蔓延する中で、アステカ軍は徐々に追い詰められていきました。同年8月13日、クアウテモックは家族や臣下と共にカヌーで脱出を図る最中、スペイン軍に捕らえられました。彼の捕縛と降伏は、アステカ帝国の事実上の滅亡を意味しました。

降伏したクアウテモックは、自らの命を絶つようコルテスの短刀を指し示したと伝えられていますが、コルテスはこれを拒否し、当初は彼の勇敢さを称えて敬意をもって遇しました。しかし、スペイン人が渇望していたアステカの財宝、特に黄金の隠し場所を聞き出すため、コルテスは後にクアウテモックとその側近に対し、残酷な拷問を加えました。それでもクアウテモックは口を割らなかったとされています。

その後、コルテスは現在のホンジュラスにあたるイブエラスへの大規模な遠征を計画しました。彼はこの遠征中に、クアウテモックやトラテロルコをはじめとする旧アステカ支配層が本国で反乱を起こすことを警戒し、彼らを遠征に同行させました。しかし、遠征の途上、クアウテモックらが反乱を企てているという疑いが持ち上がります。真偽は定かではありませんが、コルテスはこの嫌疑を理由に、1525年、現在のメキシコ、カンペチェ州にあるイツァムカナクの地でクアウテモックを処刑しました。この出来事により、アステカ帝国の血統による支配は完全に途絶えたのです。

クアウテモックは、スペインの侵略に最後まで抵抗した英雄として、現代のメキシコにおいて非常に重要な存在です。彼は国民的英雄として広く敬愛されており、メキシコシティの中心部をはじめ、国内各地にその功績を称える銅像が建立されています。また、かつて発行されたメキシコの紙幣、例えば1977年の1000ペソ札や1990年の5万ペソ札には、彼の肖像が用いられていました。さらに、1982年に建造されたメキシコ海軍の練習帆船（トールシップ）にも「クアウテモック」の名が冠されるなど、その名はメキシコ国家の象徴の一つとなっています。彼の悲劇的な最期は、スペインによるアメリカ大陸征服の苛烈さを物語ると同時に、アステカの人々の誇りと抵抗精神を現代に伝える歴史上の人物として、メキシコの歴史に深く刻まれています。

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