クイーンズ・ハウス

クイーンズ・ハウス

イギリス、ロンドンのテムズ川河畔に位置するグリニッジ特別区に、歴史的に重要な建築物であるクイーンズ・ハウスがあります。かつて王室の宮殿として利用されていたこの建物は、1616年から1635年にかけて建設されました。設計は、イギリス建築の歴史に名を刻むイニゴー・ジョーンズが手掛けています。現在、クイーンズ・ハウスはグリニッジ・パークの中にあり、旧王立海軍学校や国立海洋博物館といった周囲の建造物群と共に、ユネスコの世界遺産に登録された「マリタイム・グリニッジ」の一部を形成しています。

建築史における意義と背景

クイーンズ・ハウスは、イギリスの建築史上、極めて重要な位置を占めています。特筆すべきは、イングランドにおいて最初に本格的な古典主義建築の様式を採用して建てられた建物であるという点です。この革新性は、それまでのイギリス建築には見られなかったものでした。

建物の建設は、グレートブリテン王ジェームズ1世の王妃であったアン・オブ・デンマークのために計画されました。場所は、当時グリニッジにあったプレセンティア宮殿（グリニッジ宮殿）のほど近くです。設計を任されたイニゴー・ジョーンズは、イタリアで建築学を深く学んだ経験があり、特にアンドレーア・パッラーディオの提唱した様式に強く影響を受けていました。ジョーンズは1613年から1615年にかけてイタリアを旅しており（グランドツアー）、その際に得たローマ建築、ルネサンス建築、そしてパッラーディオ建築の理論と知見を、クイーンズ・ハウスの設計に活かしたのです。

設計の特徴

クイーンズ・ハウスは、イタリアのヴィラ建築に倣った、極めて対称性の高いデザインを特徴としています。ファサードは装飾を抑え、単純化された洗練された美しさを持っています。建物の正面中央に見られる半円形の階段は、パッラーディオ建築の影響が顕著に表れている部分です。こうした大陸的な古典主義の建築スタイルは、当時のイングランドにはまだ馴染みのないものであり、クイーンズ・ハウスはまさに時代の先駆けとなる存在でした。

その後の歴史と現在の姿

完成後のクイーンズ・ハウスは、1649年から1660年のイングランド共和制時代に一部損傷を受けましたが、王政が復活した後に修復され、増築も行われました。現在博物館として使用されているのは、この修復・増築された部分です。また、著名な建築家クリストファー・レンは、自身が設計したグリニッジ病院（現在の旧王立海軍学校）の景観を計画する際、クイーンズ・ハウスを重要な視覚的焦点として組み込みました。

現在、クイーンズ・ハウスは博物館として一般に公開されており、館内には様々なコレクションが収蔵・展示されています。これには、海事に関する絵画や、イングランドの歴史上の重要人物であるエリザベス1世やヘンリー8世の肖像画、さらにはイギリスを代表する画家ウィリアム・ターナーの作品などが含まれます。

クイーンズ・ハウスは、ロンドンのホワイトホールにあるバンケティング・ハウスなど、イニゴー・ジョーンズが手掛けた他の古典主義建築と共に、彼をイギリスにおける近代建築の先駆者として位置づける上で不可欠な建築物とされています。その革新的なデザインと様式は、その後のイギリス建築の発展に大きな影響を与えました。

もう一度検索