クロストリジウム属

クロストリジウム属：酸素を嫌い、芽胞を作る多様な細菌

クロストリジウム属（学名：Clostridium）は、酸素が存在しない環境で生育する「偏性嫌気性菌」であり、厳しい条件下でも生き残るための「芽胞」を形成する能力を持つグラム陽性の棒状細菌の一群です。

この属名は、古代ギリシャ語で「捻じれ」を意味する言葉に由来しており、ラテン語で「小さな捻じれたもの」を意味する「クロストリディオン（klostridion）」が語源となっています。

特徴と生息環境

クロストリジウム属の細菌は、主に土壌の深い部分や動物の消化管内部など、酸素濃度が非常に低い場所に生息しています。偏性嫌気性菌の多くは、酸素に触れると死滅してしまう活性酸素を分解する酵素を持たないため、酸素のある環境では生存できません。しかし、クロストリジウム属菌は、酸素が存在する状況に置かれると、非常に耐久性の高い芽胞を形成して休眠状態に入ることで、過酷な環境を乗り越えることができます。この芽胞形成能力により、他の多くの偏性嫌気性菌が生き残れない状況でも生存できるため、古くからその存在が知られ、研究が進められてきました。

産業と医療への応用

クロストリジウム属の細菌は、そのユニークな性質から、古くから産業分野で利用されてきました。特に有名なのは、後にイスラエルの初代大統領となるハイム・ワイツマンが1919年に開発した、デンプンを発酵させてアセトンとブタノールを工業的に生産する方法です。この「アセトン-ブタノール-エタノール発酵」にはクロストリジウム属菌が用いられ、第一次世界大戦中には火薬の原料となるアセトン生産に貢献しました。この方法は化学合成法が発達する1950年代まで、これらの有機溶媒の主要な生産手段でした。この発酵に用いられたClostridium acetobutylicumは、「ワイツマン菌」とも呼ばれています。

現代においても、再生可能エネルギー生産への応用が期待されています。

Clostridium thermocellumは、効率的なセルロース分解酵素複合体「セルロソーム」を持ち、酸素を使わずにセルロースから燃料となるエタノールを生産する能力があります。熱を好む性質もあるため、発酵プロセスでの冷却コスト削減にも寄与する可能性があります。
Clostridium ljungdahliiは、化石燃料やバイオマス由来の一酸化炭素と水素の混合ガス（合成ガス）からエタノールを合成できる能力が注目されています。
Clostridium butyricumを含む酪酸菌群は、腸内環境を整える整腸剤として利用される有用な株が含まれています（例：宮入菌）。

また、医療分野では驚くべき応用例があります。ボツリヌス中毒の原因菌であるClostridium botulinumが産生する強力な神経毒「ボツリヌストキシン」は、適切に希釈・精製されたものが、美容医療（顔のしわ軽減：ボトックスなど）、特定の筋疾患（痙性斜頸など）の治療、慢性疼痛の緩和などに利用されています。

さらに、クロストリジウム属菌ががん細胞に選択的に集積して増殖する性質を利用し、治療用タンパク質を腫瘍へ運搬するドラッグデリバリーシステムとしての応用研究も進められています。

病原性を持つ種

一方で、クロストリジウム属にはヒトに重篤な疾患を引き起こす病原性の種も存在します。代表的なものとしては以下の種が挙げられます。

*ボツリヌス菌 (Clostridium botulinum): 土壌などに広く存在し、食品中などで増殖して非常に強力な神経毒（ボツリヌストキシン）を産生し、ボツリヌス中毒を引き起こします。特に1歳未満の乳児では、蜂蜜などに含まれる芽胞が腸内で発芽・増殖し、乳児ボツリヌス症の原因となることがあります。
*破傷風菌 (Clostridium tetani): 主に土壌中に芽胞の形で存在し、傷口から体内に入ると、テタヌストキシンという毒素を産生して破傷風（全身の激しい痙攣を特徴とする病気）を引き起こします。この菌名の由来は、ギリシャ語の「筋肉の緊張」や「伸びる」を意味する言葉に関連しています。
*ウェルシュ菌 (Clostridium perfringens): ヒトや動物の腸内にも常在していますが、特定の株が毒素を産生し、食中毒や、傷口から感染して急速に組織を破壊する重篤な感染症であるガス壊疽の原因となります。また、羊やヤギではエンテロトキセミアという病気を引き起こします。
*ソルデリ菌 (Clostridium sordellii): まれですが、特に女性の特定の条件下（例えば中絶後など）で、急速に進行し致命的となりうる感染症を引き起こすことが報告されています。

ガス壊疽は、ウェルシュ菌の他、Clostridium novyiやClostridium septicumなどのガス壊疽菌群によっても引き起こされます。これらの治療には、外科的な切除、抗菌薬に加え、菌が酸素を嫌う性質を利用した高気圧酸素治療が試みられることもあります。

なお、以前はクロストリジウム属に分類されていたClostridium difficile（ディフィシル菌）は、抗生物質の大量投与後に他の腸内細菌が減少した際に異常増殖し、「偽膜性大腸炎」という腸炎の原因となることが知られていますが、2016年にクロストリディオイデス属（Clostridioides*）に再分類されました。

分類の変遷とその他の研究

分類学的には、クロストリジウム属は多くの種を含む大きなグループでしたが、DNA配列に基づく解析の進展により、近年生態や遺伝的な特徴が異なる種が他の属へ再分類される動きがあります。前述のディフィシル菌はその一例です。

また、近年、自閉症の子供の尿中から、クロストリジウム属などが産生する特定の代謝産物が高濃度で検出されたという研究報告があり、腸内細菌と神経系疾患との関連性を示す可能性として注目されています。

このように、クロストリジウム属は、その芽胞形成能力と嫌気性という特徴を活かし、地球上の様々な環境に適応して生息しています。私たちにとって有用な側面を持つと同時に、病原性を示す種も存在するため、その多様な性質について理解を深めることが重要です。

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