クロロフレクサス門

クロロフレクサス門（Chloroflexi）

クロロフレクサス門（Chloroflexi）は、細菌の世界における主要な系統群の一つであり、その多様性とユニークな特徴から注目されています。「緑色滑走細菌門」とも呼ばれますが、これはかつて門の定義の中心であった光合成性の細菌に由来する呼称であり、現在では非光合成性の種が多数を占めています。

この門の名称は、基準属であるChloroflexusに由来しており、これはギリシャ語で「緑色」を意味するΧλωρόςと、ラテン語で「曲がった」を意味するflexusを組み合わせたものです。ラテン語読みでは「クロロフレクスス門」とも呼ばれます。

門の定義は、歴史的には光合成性の緑色非硫黄細菌を含むグループとしてカール・ウーズによって提唱されました。しかし、形態や生理的な特徴だけでこの門に属するすべての細菌を定義することは困難です。そのため、現在では16S rRNA遺伝子の系統解析に基づいてその範囲が定められており、多様な代謝様式や形態を持つ細菌を含んでいます。クロロフレクサス門は、プロテオバクテリア門やフィルミクテス門といった他の大きな細菌の門と並ぶ、主要な系統群の一つとして認識されています。

主な特徴

クロロフレクサス門に属する細菌の最も際立った特徴の一つは、細胞外膜であるリポ多糖（LPS）層を欠くことです。また、細胞壁であるペプチドグリカン層も存在しないか、その組成が非典型的であることが知られています。細胞外膜を持たない細菌（単膜細菌、MD細菌とも呼ばれる）は、細菌界全体でも少なく、主にフィルミクテス門や放線菌門など限られた門にのみ見られる特徴であり、クロロフレクサス門の大きな識別点となっています。

多くの種はグラム陰性を示し、糸状の群体を形成して滑走運動を行うものが見られます。しかし、門全体では形態や生理機能は極めて多様です。約3分の1の種はグラム陽性を示し、糸状群体ではなく桿菌（棒状菌）の形態をとるもの、さらには真菌のように菌糸を形成し、胞子を作る放線菌に類似した特徴を持つ種も含まれています。また、生育温度も多様で、温泉などに生息する高度好熱性の種から、比較的低い温度で生育する中温性の種まで知られています。代謝様式も、光合成を行う種、嫌気性または好気性で化学合成を行う従属栄養性の種など、非常に幅広く存在します。

近年の系統解析では、この門がシアノバクテリア（藍藻類）と姉妹群の関係にある可能性や、グラム陽性菌の大きな系統群に含まれるとする仮説も提唱されており、その系統的な位置づけについても研究が進められています。

下位分類

クロロフレクサス門は、多様な系統群を含んでおり、現在までに少なくとも7つの綱が知られています。これらの綱には、歴史的に重要視されてきた光合成性の緑色滑走細菌を含む系統だけでなく、様々な環境に生息する非光合成性の細菌が含まれています。また、まだ培養されていない多くの未知の細菌もこの門に属すると推定されており、それらは既知の系統の特徴に当てはまらない可能性も指摘されています。

代表的な綱としては、以下のようなものが挙げられます。

クロロフレクサス綱: 光合成性の緑色非硫黄細菌や、それに類似した非光合成性の種を含みます。多くは糸状群体を形成し、滑走運動を行います。
テルモミクロビウム綱: 高度好熱性の桿菌で、運動性はありません。かつては独立した門とされたこともありますが、現在ではクロロフレクサス門に含まれています。
アナエロリネア綱: 偏性嫌気性の糸状細菌で、滑走能はありません。排水処理施設などから発見されています。
カルディリネア綱: 好熱性の糸状細菌ですが、滑走能はありません。温泉などの熱水環境から分離されています。
クテドノバクテル綱: 菌糸や胞子を形成する特徴を持つ、放線菌に類似した細菌を含みます。従属栄養性です。
デハロコッコイデス綱: 有機塩素化合物を分解する能力を持つ、環境修復に関わる細菌を含んでいます。

これらの既知の綱に加え、海洋など特定の環境から得られる試料中に多数の未培養系統の存在が示唆されており、クロロフレクサス門の全貌はまだ完全に解明されていません。多様な特徴を持つこれらの細菌は、地球上の様々な環境において独自のニッチを占め、物質循環などで重要な役割を果たしていると考えられています。

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