グスタフ・ナイトリンガー

グスタフ・ナイトリンガー（1910-1991）は、20世紀半ばのドイツを代表するバス・バリトン歌手です。リヒャルト・ワーグナーの楽劇における悪役の解釈で特に知られ、その強烈なキャラクター表現と力強い歌声は、多くのオペラファンに深い印象を残しました。

生涯

1910年3月21日、ドイツ帝国領であったマインツで生を受けたナイトリンガーは、フランクフルトの音楽院で声楽を学びました。1931年に故郷マインツの市立歌劇場でプロの歌手としてデビューし、キャリアをスタートさせます。その後、プラウエンの市立歌劇場を経て、1935年頃からはハンブルク国立歌劇場に所属。第二次世界大戦を挟み、1950年までこの歌劇場で主要な役割を担いました。ハンブルク在籍中の1941年には、ウィーン国立歌劇場へも初登場しています。

1950年にハンブルクを離れた後、シュトゥットガルト州立歌劇場に移籍。ここでは特に聴衆からの支持が厚く、1977年には歌劇場の名誉会員に推挙される栄誉を得ています。国内での功績が広く認められ、1952年には当時の西ドイツ政府より「宮廷歌手」の称号を授与されました。

バイロイト音楽祭での輝き

グスタフ・ナイトリンガーの名を世界的に知らしめたのは、ワーグナー作品上演の聖地、バイロイト音楽祭への出演です。1952年から1975年にかけて、彼はバイロイトにおいて圧倒的な存在感を示しました。特にリヒャルト・ワーグナーの壮大な楽劇『ニーベルングの指環』に登場する狡猾な小人アルベリヒと、『パルジファル』の邪悪な魔術師クリングゾルという二大悪役を、長年にわたり独占的に歌い、その解釈は後世の歌手たちの規範ともなりました。バイロイトではこれらの役のほかにも、『ローエングリン』のテルラムント伯、『トリスタンとイゾルデ』のクルヴェナール、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』では夜警、フリッツ・コートナー、さらにはハンス・ザックスといった重要な役柄も演じています。

『ニーベルングの指環』アルベリヒ：1952年〜1957年、1960年〜1975年
『パルジファル』クリングゾル：1954年〜1956年、1960年〜1966年
『トリスタンとイゾルデ』クルヴェナール：1952年〜1953年、1963年〜1964年、1970年
『ローエングリン』テルラムント伯：1960年
『マイスタージンガー』夜警：1952年、フリッツ・コートナー：1963年〜1964年、ハンス・ザックス：1956年〜1957年、1968年

国際舞台での活躍

バイロイトでの成功を足がかりに、ナイトリンガーの活動範囲はヨーロッパ各地へと広がりました。1953年にはイタリアのミラノ・スカラ座とフランスのパリ・オペラ座にデビュー。特にパリ・オペラ座には1967年まで度々出演し、縁を深めています。1956年からはウィーン国立歌劇場にも定期的に出演するようになり、1958年にはエディンバラ音楽祭にも参加しました。1963年にはロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス（コヴェント・ガーデン）へ初登場。『ローエングリン』のテルラムント伯を歌っています。同年10月には、日本の日生劇場開場記念として行われたベルリン・ドイツ・オペラの初来日公演に同行し、カール・ベーム指揮によるベートーヴェン『フィデリオ』で悪役ドン・ピサロを演じ、日本の聴衆にも強い印象を与えました。晩年の1972年から1973年シーズンには、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にも出演していますが、出演は短期間に留まっています。

歌唱とレパートリーの多様性

ナイトリンガーの歌声は、その得意とした役柄を反映するように、非常に個性的でパワフルな響きを持っていました。しかし、彼は単に悪役や重厚な役柄に特化した歌手ではありませんでした。ワーグナー作品ではアルベリヒやクリングゾルの他に、『パルジファル』の苦悩するアンフォルタス役も歌い、リヒャルト・シュトラウスのオペラやヴェルナー・エックの現代作品にも積極的に取り組みました。そのレパートリーは多岐にわたり、悪役以外にも『ばらの騎士』のファニナルや『影のない女』のバラックといった役柄も巧みに演じ分けました。オペラだけでなく、コンサートや宗教曲でも活躍し、経営難から再出発を図ったフィルハーモニア管弦楽団（後のニュー・フィルハーモニア管弦楽団）を支援するため、オットー・クレンペラー指揮のベートーヴェン交響曲第9番の演奏会にソリストとして参加するなど、幅広い音楽活動を行いました。彼は、単なる「ワーグナー歌手」という枠に収まらない、多才なアーティストでした。

晩年と遺産

1977年に現役歌手としてのキャリアに終止符を打った後も、その功績は称えられました。1985年には、故郷マインツより「グーテンベルク・メダル」を授与されています。1991年12月26日、81歳でマインツと同じラインラント＝プファルツ州のバート・エムスにて永眠しました。

グスタフ・ナイトリンガーは、特にワーグナー作品における伝説的な悪役の解釈、そして圧倒的な舞台上での存在感によって、今なおオペラ史にその名を刻んでいます。彼が参加した数多くの録音、特にゲオルク・ショルティ指揮による『ニーベルングの指環』全曲盤でのアルベリヒ役は、その芸術性を伝える貴重な記録として、現在も多くの音楽ファンに聴き継がれています。

主なディスコグラフィー（抜粋）

ワーグナー『ニーベルングの指環』（アルベリヒ）: 1952年、1953年、1955年、1956年、1957年、1966年、1967年 バイロイト音楽祭ライブ
ワーグナー『ニーベルングの指環』（アルベリヒ）: 1958年、1962年、1964年 ショルティ指揮スタジオ録音
ワーグナー『パルジファル』（クリングゾル）: 1954年、1962年、1964年 バイロイト音楽祭ライブ
ベートーヴェン『フィデリオ』（ドン・ピサロ）: 1961年、1963年ライブ
ベートーヴェン 交響曲第9番（バス独唱）: クレンペラー指揮ライブ
モーツァルト『フィガロの結婚』（バルトロ）: 1942年ザルツブルク音楽祭ライブ
マスネ『マノン』（ド・ブレティニ）: 1950年録音
* ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』（ヴァルラーム）: 1950年録音

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