ケルン大晦日集団性暴行事件

ケルン大晦日集団性暴行事件は、2015年の大晦日から2016年の元旦にかけて、ドイツのケルン中央駅周辺およびケルン大聖堂前広場を中心に発生した大規模な犯罪事案です。特に、およそ1,000人規模のアラブ系や北アフリカ系の男性グループが、広場に集まっていた女性たちに対して集団的な強盗や性的暴行を加えました。この事件は、ドイツ国内だけでなく、欧州全体に大きな波紋を広げることとなりました。ここでは、特にケルンで起こった出来事に焦点を当てて解説します。

事件の背景

事件発生に先行して、ドイツは近年大量の難民を受け入れてきました。2013年に17万人、2014年には20万人でしたが、2015年にはこの数が飛躍的に増加し、年間110万人もの難民を受け入れています。当時のアンゲラ・メルケル首相は、難民受け入れを経済や社会に利益をもたらす「未来への好機」と位置づけて推進していました。また、ドイツ政府は2015年12月には大手ソーシャルメディア企業と合意し、ヘイトスピーチと見なされる投稿を24時間以内に削除する方針を打ち出すなど、移民に対する否定的な言論への対応を強化していました。

この時期、スウェーデンでも2015年夏の音楽祭において、多くの10代の少女が移民によるとみられる性的暴行を受けていましたが、警察による十分な捜査や公表がされていなかったことが後に明らかになり、本事件を受けてスウェーデン首相が「少女たちへの裏切り行為」と非難する事態に発展しました。また、東ヨーロッパ諸国はかねてよりイスラム圏からの難民受け入れに反対の立場を示していました。

事件の発生

2015年 12月31日の夜、ケルン中央駅とその正面にある大聖堂前の広場は、新年を祝う多くの人々で賑わっていました。しかし、その中でアラブ系および北アフリカ系の男性を中心とする1,000人以上の集団が、女性たちへの襲撃を開始しました。被害は集団での性的暴行や強盗が中心で、警察には性的暴行と強盗に関連する被害届が516件（1月10日時点）も提出されました。犯行グループは、女性たちを囲んで衣服の下に手を入れるなどの性的暴行を加えたり、金品を奪ったりしました。目撃者の証言では、「ficky, ficky」（性行為を意味するスラング）と叫ぶ声もあったとされています。また、集団は広場にいた人々に向け花火を撃ち込んだり、ボトルを投げつけたりするなどの破壊行為も行いました。酒に酔った者たちは駅構内にも侵入し、いたるところで放尿や嘔吐を繰り返しました。警察署には多くの被害女性が詰めかけ、泣き崩れる姿も見られました。被害者の多くは10代から20代前半の若い女性でした。

事件発生当初、警察は証拠不足からわずか5名を逮捕するにとどまりました。さらに、警察は1月1日の時点では大晦日の夜は「リラックスした雰囲気で概ね平和だった」と発表し、事件の詳しい内容をメディアに公表するまでに数日を要しました。しかし、被害女性からの届け出は日を追うごとに増加し、事件の深刻さが明らかになるにつれて、容疑者の多くがアラブ地域や北アフリカからの難民であることが判明していきました。

容疑者の特定と捜査

事件発生後、捜査が進められ、2016年1月中旬にはアルジェリア国籍の男性3名が容疑で逮捕されました。しかし、被害者の証言が断片的であることや、監視カメラの映像が少ないことから、多くの容疑者の特定は難航しました。ドイツ警察は容疑者特定に貢献した情報に対して懸賞金を支払うことを発表しました。

2016年4月上旬の時点で、153名の容疑者が特定されており、そのうち149名が外国籍でした。特にモロッコ人およびアルジェリア人が103名を占めていました。特定された容疑者のうち身柄を拘束されたのは24名で、警察当局によると、容疑者の68名が難民申請者であるとされています。また、2016年4月28日には、ドイツでの窃盗後にスイスへ逃亡したモロッコ人の19歳と24歳の男性2名がスイス北部で逮捕されました。このうち19歳の男性は、ケルン大晦日事件の容疑者として逃走中であり、スイスで難民申請を行っていました。この男性はドイツに引き渡される予定となりました。

事件後の対応と反応

この事件は、第二次世界大戦終結時のソ連軍によるものや、2011年のエジプト、カイロのタハリール広場での類似事件など、過去の大規模な集団性犯罪を想起させるものでした。事件発生から数日後、ケルン大聖堂前では多数の女性が抗議デモを行い、メルケル首相の寛容な難民政策が事件を引き起こしたとして怒りの声を上げました。

ドイツ当局は事件の初期対応や情報公開の遅れから批判を浴びました。公共放送局であるZDFも報道が遅れたことについて謝罪しています。ケルン市のヘンリエッテ・レーカー市長は、事件後の会見で女性たちに「他人と距離を置く」などの自己防衛策を推奨する発言を行い、さらに難民と事件を結びつけることに否定的な見解を示したため、女性たちからの強い反発と非難を招きました。レーカー市長自身は、事件の数カ月前に難民受け入れ方針を理由に襲撃を受けていました。

事件は他の犯罪にも影響を与えました。1月7日には、ドイツの難民センターに居住していた男性がパリの警察署を襲撃し射殺される事件が発生しましたが、この男性はISILに関連する行動を示唆していました。また、ハイコ・マース法務大臣は、事件に関与した難民申請者は強制送還の対象となるとの方針を示しました。

事件の余波は政治にも及びました。スロバキアの首相は欧州理事会の緊急開催を求め、ドイツ国内ではケルン警察長官が更迭されました。事件直後の世論調査では、ドイツ国民の61%が難民受け入れの制限を支持しました。法務大臣は事件が計画的であったとの見解も示しています。ドイツ各地では、極右勢力による排外主義的なデモも発生し、混乱が生じました。

この事件は、イギリスのEU離脱（Brexit）の議論においても、EU残留によるリスクの一つとして言及されました。最終的に、ケルンでの被害届は約900件近くに達し、そのうち約400件が性的暴行に関連するものでした。また、この事件は、イスラム主義による女性差別への反対を掲げるフランスの右派フェミニズム組織「ネメシス」が設立されるきっかけの一つともなりました。

ケルン大晦日集団性暴行事件