ゲツセマネの祈り (ティツィアーノ)

ティツィアーノの「ゲツセマネの祈り」：夜の苦悩と光の表現

『ゲツセマネの祈り』（伊: La Orazione nell’orto, 西: La Oración en el Huerto, 英: The Agony in the Garden）は、ルネサンス期のヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1558年から1562年にかけて制作した油彩画です。この作品は、新約聖書に記されたイエス・キリストがゲツセマネの園で祈る場面を描いており、特に夜景画としての表現が際立っています。

主題：キリストの苦悩と祈り

「マタイによる福音書」、「ルカによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ヨハネによる福音書」によると、イエスは最後の晩餐の後、聖ペテロ、聖ヤコブ、聖ヨハネという3人の使徒を伴い、ゲツセマネの園を訪れました。イエスは自身の運命とユダの裏切りを悟り、深い苦悩の中で神に祈りを捧げます。「この杯を通り過ぎさせてください」と願うも、最終的には「御心に従います」と決意を新たにする様子が描かれています。その間、使徒たちは眠ってしまい、天使が現れてイエスに力を与え、イエスはますます熱心に祈りました。そして、ユダが兵士を引き連れて現れ、キリストは捕縛されます。

制作経緯：フェリペ2世の依頼

スペイン国王フェリペ2世は1558年7月13日にティツィアーノに本作の制作を依頼しました。ティツィアーノは1年後の完成を約束しましたが、実際に完成したのは4年後の1562年4月でした。この作品は、ティツィアーノが制作した連作《ポエジア》の1つ『エウロペの略奪』とともにスペインに送られました。その後、1563年頃には、同主題の別の絵画がフェリペ2世に送られたと考えられており、これがプラド美術館とエル・エスコリアル修道院に所蔵されているバージョンであると考えられています。しかし、どちらが『エウロペの略奪』とともに送られたかは不明です。

作品の特徴：夜の光と表現

ティツィアーノは、夜のゲツセマネの園でひざまずいて苦悩するキリストを描いています。画面は大きく上下に分かれ、画面上部中央に小さく描かれたキリストと、画面下部ではキリストを捕縛するために接近する兵士たちが対照的に描かれています。キリストの頭上には天使ではなく、夜空に現れる神秘的な光が描かれ、兵士たちが持つランタンとともに、画面の数少ない光源となっています。プラド美術館版では捕縛される直前の場面を描き、ランタンを持つ兵士の姿は「ヨハネによる福音書」18章3節に基づいていると考えられます。一方、エル・エスコリアル修道院版ではキリストの祈りに焦点を当て、キリストの頭上に天使が描かれています。これは「ルカによる福音書」22章43節に基づいています。

コレッジョからの影響と夜景画への関心

ティツィアーノは、パルマ派の画家コレッジョが1524年頃に制作した『ゲツセマネの祈り』から影響を受けている可能性があります。コレッジョは夜明け前の出来事として描いたのに対し、ティツィアーノは自身の作品『聖ヒエロニムスの悔悛』（1531年頃）で、悔悛の場面を夜間に設定しています。16世紀の芸術理論家アルメニーニやロマッツォは、夜景画は独立した光源を持ち、光の効果を卓越した技量によって描いたものとしており、ティツィアーノをコレッジョとともに夜景画の卓越した実践者と位置づけています。また、美術史家ヴァルカノーヴァやパルッキーニは、本作がティツィアーノの他の作品との関連性から、1550年代末の光の効果に対するティツィアーノの強い関心の表れであると指摘しています。

X線調査と素描

X線撮影による調査では、当初の構想ではキリストの位置がより傾斜しており、犬の頭部もわずかに下を向いていたことが判明しました。フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されているひざまずいたキリストの素描は、本作との関連性が指摘されていますが、美術史家ウェゼイはこれをティツィアーノの作とは考えていません。

来歴：エル・エスコリアル修道院からプラド美術館へ

スペインに届けられた絵画は、1574年にフェリペ2世によってエル・エスコリアル修道院に送られ、約250年間同じ場所に置かれていました。その後、1837年にプラド美術館に収蔵されました。

後世への影響

本作は夜景画として、ヴェネツィア絵画、特にヤコポ・バッサーノ、フランチェスコ・バッサーノ、ティントレットに大きな影響を与えました。ティントレットが1578年から1580年頃に制作した『ゲツセマネの祈り』は、エル・エスコリアル修道院のバージョンを知っていたことを示唆しています。

ギャラリー

ティツィアーノの関連作品

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脚注

(ここに脚注が入ります)

外部リンク

* プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ゲツセマネの祈り』

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