ココ・テムル

ココ・テムル（Köke Temür、? - 1375年）は、元末から北元にかけて活躍した将軍です。漢字表記は擴廓帖木児ですが、「王保保」という中国名でも知られています。彼の生涯は、激動の時代の中で、その卓越した軍事的手腕と、波乱に満ちた政治的立場によって彩られています。

生い立ちと出自

ココ・テムルの遠祖は、チンギス・カンの命を救ったとされるバヤウト部のソルカンです。ソルカンの曾孫であるサイン・チダクと、ナイマン部族のチャガン・テムルの妹との間に生まれました。かつては「王保保」こそが本名であるという説が有力でしたが、1990年に発見された「賽因赤答忽墓誌」によって、「ココ・テムル」が本名であると考えられるようになりました。

実父であるサイン・チダクの墓誌によると、ココ・テムルは生まれつき聡明でしたが、幼少期は病弱でした。そのことを心配した母方の伯父チャガン・テムルは、彼を養子として迎え、我が子のように慈しんだとされています。

軍閥の継承と台頭

チャガン・テムルは、元末の混乱期に河南で軍閥を形成していましたが、1362年に紅巾党との戦いで命を落としました。ココ・テムルは、その軍閥と官職を継承し、山東での征伐で叔父に劣らない軍才を発揮しました。

しかし、その直後、叔父の生前から敵対関係にあった山西の大同を本拠地とする軍閥、ボロト・テムルとの対立が深まりました。さらに、元の首都大都では、ウカアト・カアン（トゴン・テムル）の側近と、皇太子アユルシリダラの間で内紛が発生し、ボロト・テムルが反皇太子派に加担したため、ココ・テムルは皇太子側につきました。

政治的混乱と活躍

1364年、反皇太子派のボロト・テムルが兵を率いて大都を制圧し、カアンを掌握。皇太子アユルシリダラは太原のココ・テムルのもとへ逃れました。ココ・テムルは皇太子と連合し、1365年にボロト・テムルを滅ぼし、皇太子を中央政界に復帰させました。この功績により、ココ・テムルは中書左丞相の地位と河南王の爵位を授けられました。しかし、この内紛の間に、江南では朱元璋が勢力を拡大していました。

ココ・テムルは皇太子の信任を得て元軍の総司令官となりますが、配下の将兵からの反抗や、皇太子からの疎遠により、元軍は弱体化していきます。その結果、ココ・テムルの軍は、朱元璋が樹立した明の軍勢に敗北し、河南・太原を失い、元は1368年に大都を放棄して北方に移ることを余儀なくされました。

北元での再起と最期

1370年にトゴン・テムルが亡くなり、アユルシリダラが皇帝に即位すると、ココ・テムルは太原から甘粛を経てモンゴル高原のカラコルム方面へ移り、アユルシリダラの軍に合流しました。そして、元を追撃する明軍に対する防衛にあたります。1372年には、明の将軍徐達率いる15万の大軍を打ち破るという大勝利を収めました。

その後、ココ・テムルは元の中国回復を目指して南下し、一時は山西地方まで勢力を盛り返しましたが、1375年に病死しました。彼の死後、北元の勢力は急速に衰退し、元の中国回復は果たされることはありませんでした。ココ・テムルの弟であるトイン・テムルは、後に明軍の捕虜となり、殺害されました。

ココ・テムルの生涯は、元末から北元という激動の時代を、卓越した軍事的手腕と政治的才能を駆使して生き抜いた、波乱に満ちたものでした。

家系

ソルカン
ジュルジ（喜往）
バヤウダイ（伯要兀歹）
サイン・チダク（賽因赤答忽）
ココ・テムル（擴廓帖木児）
トイン・テムル（脱因帖木児）

参考文献

* 村岡倫「洛陽出土『賽因赤答忽墓誌』より」『13、14世紀東アジア諸言語史料の総合的研究』、2007年

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