ナイマン

ナイマン：モンゴル高原の遊牧民

ナイマン（モンゴル語: Найман、Naiman）は、モンゴル帝国が成立する以前に、モンゴル高原の北西部に位置するイルティシュ川の低地から上流、そしてアルタイ山脈にかけて割拠していたテュルク系の遊牧民です。後にモンゴル化した部族集団であり、漢字では『元史』や『元朝秘史』で「乃蛮」と表記され、『集史』などのペルシア語文献では「نايمان Nāyimān」と記されています。彼らの領域は、西はジュンガル盆地の砂漠を挟んで天山ウイグル王国と、北は小アルタイ山脈を境にケムケムジュート地方およびキルギスと、そして東はカラコルム山脈を境にケレイトと接していました。

歴史

ナルクシュとイナンチャの対立

『集史』の「ナイマン部族誌」によると、チンギス・カンの台頭以前、ナイマン・カン国では、カンの地位を巡って兄のナルクシュ・タヤン・カンと弟のイナンチャ・カン（イナンチュ・ビルゲ・ブク・カン）の間で争いがありました。兄のナルクシュは一時「タヤン・カン（大王汗）」として国を支配しましたが、彼の死後、弟のイナンチャがナルクシュの子であるカジル・カンの勢力を倒し、ナイマン・カン国を統一しました。また、同史によると、ナイマン部族を統べる君主は自らを「クシュルク・ハン」または「ブユルク・ハン」と称していたとされます。「クシュルク・ハン」は「力強く偉大な君主」を、「ブユルク・ハン」は「命令を与える者」を意味していました。

ケレイトとの関係

ナイマンは東に位置するケレイト・カン国と隣接していたため、ケレイトの内紛に度々関与しています。イナンチュ・カンの時代には、ケレイト・カン国でトオリル・カン（後のオン・カン）がカンに即位しましたが、親族を粛清したため、トオリルの叔父であるグル・カンがナイマン・カン国のイナンチュのもとへ亡命しました。グル・カンはナイマンの軍事的な援助を得てトオリルを撃退し、ケレイトのカン位を奪還。トオリルは東のモンゴル部族の有力者であるイェスゲイ・バアトルのもとに亡命しました。その後、トオリルはイェスゲイの支援を受け、グル・カンを破って再びカン位に返り咲きましたが、その後も粛清を続けたため、トオリルの弟であるエルケ・カラがナイマンの支援を受けてトオリルを追放しました。

ナイマンの分裂

イナンチュ・ビルゲ・ブク・カンの死後、その二人の息子であるタイ・ブカとブイルクは、父の愛妾を巡って対立し、ナイマンは二つの勢力に分裂しました。ブイルクは自身に近い部族を率いてアルタイ山脈近くのキジル・バシュ山地へ退き、兄のタイ・ブカは父の帳殿と平原地方を保持しました。1199年には、兄弟間の争いに乗じたモンゴルのテムジン（後のチンギス・カン）とケレイトのオン・カンがブイルクを攻撃し、多くの部民と家畜を略奪しました。ブイルクはキルギスに付属するケムケムジュート地方へ逃れざるを得ませんでした。その後、ナイマンの将サブラクがケレイトに対して善戦するも、モンゴルの援軍の前に敗北しました。

モンゴルとの戦い

1202年、メルキトの族長トクトア・ベキがモンゴルに敗れ、ブイルクに援助を求めてきました。ブイルクはドルベン氏、タタル、カタギン氏、サルジウト氏、オイラトといった諸部族を率いて、モンゴル・ケレイト連合軍に立ち向かいました。しかし、テムジンとオン・カンはカラウン・ジドン山の方向へ退却し、ナイマン連合軍はこれを追ってカラウン・ジドン山脈に入りましたが、激しい吹雪に遭い多くの凍傷者と転落者を出すなど、遠征は失敗に終わりました。1203年、テムジンと対立したオン・カンがナイマンの領土を通過した際、国境守備の将校によって殺害されました。タイ・ブカはオン・カンの死を怒り、その頭蓋骨を銀の器に納めて保存したと伝えられています。

タイ・ブカの死

タイ・ブカは、勢力を拡大するテムジンに危機感を抱き、オングトの族長アラクシ・ディギト・クリと同盟を結ぼうとしましたが、アラクシがこの事をテムジンに通告したことで同盟は破談。1204年、テムジンがナイマンの領土に侵攻し、タイ・ブカはメルキト族長トクトア、ケレイト首領アリン・タイシ、オイラト族長クドカ・ベキ、ジャディラト氏族長ジャムカなどの諸部族と共にハンガイ山脈の麓で迎え撃ちました。戦闘はナイマン軍が数では勝っていましたが、モンゴル軍と互角に戦い、次第に押されていきました。この戦いでタイ・ブカは戦死し、息子のグチュルクは叔父のブイルク・カンのもとへ身を寄せ、他の同盟部族はモンゴルに降伏しました。この時、テムジンはタイ・ブカの宰相であったウイグル人のタタ・トゥンガを捕え、自身に仕えさせ、自分の子供たちにウイグル語や文字、そしてウイグル民族の法制・慣習を学ばせました。

ナイマンの西走

1206年、テムジンは「チンギス・カン」と号し、遊牧諸民族の帝王となりました。その後、チンギス・カンはナイマンのカンとなっていたブイルク・カンを攻撃し、狩猟中のブイルクを奇襲して殺害。その家族、家畜、財産を全て手中に収めました。辛うじて生き残った甥のグチュルクは、メルキト族長トクトアと共にイルティシュ川流域へ逃亡。1208年、チンギス・カンはグチュルクとトクトアを討伐するため進軍し、オイラトを勢力に加えてジャム川付近で両者を攻撃しました。トクトアは戦死しましたが、グチュルクはなんとか逃れて、ビシュバリクを経由しクチャ地区へ。そこからカラ・キタイ（西遼）へ亡命しました。カラ・キタイのグル・カンである耶律直魯古はグチュルクを歓迎し、娘を娶らせました。

カラ・キタイの征服

カラ・キタイの支配者である耶律直魯古は政治を怠り、属国の離反を招いたため、グチュルクに王位簒奪の機会を与えました。グチュルクは、まず耶律直魯古にイミル、カヤリク、ビシュバリクにいるナイマンの残党を糾合し、護衛をさせたいと申し出て、「グチュルク・カン（強大なる君主）」の称号を得ました。ナイマンの残党やメルキトの首長を集め、ホラズムとペルシアのスルターン、アラーウッディーン・ムハンマドの協力を得て、カラ・キタイ攻撃の準備を整えました。ホラズム軍がカラ・キタイに侵入して将軍ターヤンクーを破ると、1211年/1212年、グチュルクは混乱に乗じて耶律直魯古一行を急襲し、身柄を確保しました。こうしてグチュルクはカラ・キタイの王位を奪取しましたが、1213年に耶律直魯古が死去するまで「皇帝」の称号は使いませんでした。

グチュルクの弾圧

カラ・キタイの王となったグチュルクは、アルマリクのカン、オザルを服従させようとして殺害。また、妻が仏教徒であったため、キリスト教徒であったグチュルクを説得して仏教に改宗させました。仏教徒になったグチュルクは、武力によってホータンを支配すると、そこの住民をキリスト教か仏教に改宗させようとしました。さらに、イマームたちの首領であるアラーウッディーン・ムハンマドを拷問の末、磔刑に処しイスラムを棄てさせようとしました。この後もグチュルクのイスラム教徒に対する迫害は続きました。

モンゴルのカラ・キタイ侵入

1218年、チンギス・カンはグチュルクがカラ・キタイの王位に就いていることを知り、ジェベ・ノヤン率いる2万の兵をホータンに派遣（モンゴルの西遼征服）。グチュルクはカシュガルに逃亡しましたが、すぐに捕らえられ、バダフシャーンの山中で斬首されました。

その後のナイマン

ナイマンの残党はモンゴル軍に再編されましたが、その子孫は後に四オイラト（ドルベン・オイラト）の一角であるチョロース部を形成しました。チョロース部からさらにドルベト部とジュンガル部が誕生しました。ジュンガル帝国が滅亡した後、清によって内蒙古六盟四十九旗が設置されると、ジョーオダ（昭烏達）盟の1つ、ナイマン部一旗としてその名が残されました。現在、カザフスタン東部には200万人以上のナイマン族が居住しています。

名称と地理

ラシードゥッディーンは『集史』において、ナイマン族の領域の地理的位置を記し、その名称がモンゴル語で「八つの数」を意味すると伝えています。ナイマンの領域は、大アルタイ山脈、カラコルム山脈、エルイ・シラス山地、アルディシュ（ザイサン）湖、イルティシュ川流域、イルティシュ川とキルギス族の地方に走る山地を含み、北はキルギス地方、東はケレイト族の領土、南はウイグル地方、西はカンクリ族の地方と接していました。

言語系統

ラシードゥッディーンは『集史』において、中央ユーラシア草原の遊牧民を四つに分類し、ナイマンを「以前は独立した首長を持っていたが、第二のテュルク系部族とも第四のモンゴル部族ともつながりはなく、しかし外観や言語は彼らと近いテュルク部族」に含めています。このことから、ナイマンの言語はテュルク系であったとされています。

文化・宗教

ナイマンの王（カン）は、シャーマン的な巫者の性格を帯びていましたが、同時にウイグル文化の影響を強く受けており、ウイグル文字を用いていました。また、ケレイトと同様にネストリウス派のキリスト教も信仰していました。

構成氏族

ポール・ペリオの考証によると、ナイマン族には少なくとも以下の3つの氏族集団が存在しました。

アクサド(Aqsaud > Aqsūd)：「跛（びっこ）族」を意味し、おそらくタヤン・カンの支配下にあった主要なナイマン族。
グチュウト(Güčü'üd < Küčü'üd)：「野鼠族」を意味し、おそらくブイルク・カンの支配下にあったナイマン族。
ベテキン(Betekin)：「別的姻族」を意味し、かつて強力であったカディル・ブユルク・カンが支配したナイマン族。

歴代君主

ナイマンの君主は「カン（Qan、汗）: 王」という称号を用いていました。

ナルクシュ・タヤン・カン(Nārquš Tāyānk Qān)
カジル・カン…ナルクシュ・タヤン・カンの子
イナンチュ（イナンチャ）・ビルゲ・ブク・カン(Inančā Qan,Ïnānč Bilge Bügü Qān)…ナルクシュ・タヤン・カンの弟
タヤン・カン（太陽罕、脱児魯黒、タイ・ブカ）（？ - 1204年）…イナンチュ・ビルゲ・ブク・カンの長男
ブイルク・カン(Buyiruγ Qan < Buyuruγ Qan,Būyūrūq Qān)…イナンチュ・ビルゲ・ブク・カンの次男
グチュルク・カン（1204年 - 1218年殺）…西遼（カラ・キタイ）の第4代皇帝（在位：1211年 - 1218年）。モンゴルによって滅亡

脚注

ナイマン（Найман）はモンゴル語ではなく、カザフ語であるという指摘もある。

参考文献

Paul Pelliot et Louis Hambis(traduit et annoté), Histoire des campagnes de Gengis khan = Cheng-wou tsʾin-tcheng lou, Leiden, 1951.（ポール・ペリオとルイ・アンビスによる『聖武親征録』の詳細なフランス語訳註）
訳注：村上正二『モンゴル秘史1 チンギス・カン物語』（平凡社、1970年、ISBN 4582801633）
訳注：村上正二『モンゴル秘史2 チンギス・カン物語』（平凡社、1972年、ISBN 4582802095）
ドーソン（訳注：佐口透）『モンゴル帝国史1』（平凡社、1989年、ISBN 4582801102）
宮脇淳子『モンゴルの歴史 遊牧民の誕生からモンゴル国まで』（刀水書房、2002年、ISBN 4887082444）

関連項目

外部リンク

『ナイマン』 - コトバンク
『ナイマン(乃蛮)部』 - コトバンク
『ナイマン（トルコ系部族）』 - コトバンク
* ナイマン < 世界史用語リスト（章節別） < 世界史の窓

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