コショウ属

コショウ属（学名：Piper）は、植物の分類体系においてコショウ目コショウ科に含まれる大きな属の一つです。この属には2,000を超える種が確認されており、世界中で最も広く使われる香辛料の一つであるコショウ（Piper nigrum）をはじめ、ヒハツ（インドナガコショウ、P. longum）、ヒハツモドキ（ジャワナガコショウ、P. retrofractum）、ヒッチョウカ（クベバ、P. cubeba）、嗜好品として利用されるキンマ（P. betle）やカヴァ（P. methysticum）など、多様な植物が含まれています。

コショウ属の植物は、その形態も非常に多様です。多くは低木や、根で基物に付着して伸びるつる性の木本ですが、中には小高木や草本として生育する種も見られます。これらの植物は精油やアルカロイドを含有し、しばしば独特の芳香を持ちます。茎の節の部分が太くなるのが特徴です。茎の断面を観察すると、維管束が外側に一列に並び、その内側に不規則に散らばるという、単子葉類に似た配置が見られますが、二次的な肥大成長を行う点で異なります。

葉は茎に互い違いにつき、単純な単葉で、その形は心臓形から細長い披針形まで様々です。多くは葉柄を持ちますが、基部が左右不対称になる種もいます。葉の質感は紙のように薄いものから革のように厚いものまであり、葉脈のパターンは基部から放射状に広がる掌状脈または鳥の羽状に広がる羽状脈が見られます。早く落ちる托葉はしばしば葉柄と合着し、落ちた後に節にリング状の痕跡を残すことがあります。

花は、一つの花に雄しべと雌しべの両方を持つ両性花、またはどちらか一方のみを持つ単性花があり、雌雄異株または雌雄同株の種があります。花を密集してつける花序は、多くの場合、葉と茎を挟んで向かい合う位置に生じますが、茎の先端や葉の付け根に生じることもあります。多肉質の軸に多数の小さな花が密生します。花は非常に小さく、花びらや萼のような花被を欠き、通常は柄がない穂状花序ですが、短い小花柄を持つ総状花序の種もあります。小さな苞葉の脇に花がつきます。雄しべは種類によって数が異なり、(1-)3-6(-10)個で、互いに離れています。雌しべは通常1個で、子房は一つの部屋を持ち、花序軸に埋もれている場合もあります。花柱の長さは様々で、先端の柱頭は2-5個に分かれます。胚珠は子房の基部に一つだけつきます。

果実は一般的に液果または核果の形態をとり、内部には通常1つの種子を収めます。多数の果実が穂状につき、互いにくっつき合って複合果となる種も存在します。種子の内部には少量の内胚乳と、デンプン質を豊富に含む多量の周乳（外胚乳）があり、胚は小さいのが特徴です。染色体の基本数はx=13ですが、顕著な倍数体が見られます。

コショウ属は、北米南部から南米、アフリカ、マダガスカル、南アジアから東アジア、東南アジア、オセアニアといった広範囲に分布しており、主に熱帯から亜熱帯気候の地域に生育しています。ただし、アフリカ大陸における種の数は比較的少ないです。一部の種は、人間の活動によって本来の分布域を超えて広がっています。熱帯多雨林のような環境において、コショウ属の植物は低木層やつる植物として重要な構成要素となっています。これらの植物は、特に食草として、多種多様な昆虫と密接に関わっており、その多様な二次代謝産物が昆虫の多様化の一因となっていると考えられています。

日本には、本州の関東地方以西から南西諸島にかけて自生するフウトウカズラ（P. kadsura）と、小笠原諸島に自生するタイヨウフウトウカズラ（P. taiwanense）の2種が自然分布しています。特にフウトウカズラは、日本の南部では比較的よく見られます。また、東南アジア原産のヒハツモドキは、沖縄で香辛料として栽培されたものが一部で野生化しています。

コショウ属の植物の受粉には、ハエやハナバチといった昆虫や風が関わることが報告されており、特定の送粉者に強く依存するわけではないようです。一方、中南米に分布するコショウ属の一部の種は、果実を食べるコウモリ（Carollia属）と比較的特異的な種子散布の関係を築いています。コウモリの一種であるCarollia perspicillataの食物の半分近くがコショウ属の果実であるという報告もあります。また、アリが種子散布に協力する例も知られています。

さらに、コショウ属の一部の種は、特定の jenisのアリと共生関係を結ぶ「アリ植物」であることが知られています。これらの植物は、アリの巣として利用できる中空の茎を提供し、さらに葉の表面に脂質とタンパク質に富む構造（食物体）を形成してアリに食料を提供します。その見返りとして、植物はアリが持ち込んだ食物から栄養塩を得たり、アリによる植食者からの防御を得たりすることができます。

コショウ属の植物は、その多様な二次代謝産物、特に精油やアルカロイドを活かして、古くから人間との関わりが深い植物です。果実が香辛料として利用される例は特に多く、コショウは「スパイスの王様」と呼ばれ、世界中で最も重要な香辛料の一つです。コショウは熱帯各地で広く栽培されており、世界の生産量は年間70万トンを超え、その大半がベトナムやブラジルで生産されています。コショウ以外にも、ヒハツやヒハツモドキ、ヒッチョウカ、ニシアフリカクロコショウ（P. guineense）、キダチコショウ（P. aduncum）などが香辛料として使われています。

地域によっては、キンマの葉やカヴァの根が嗜好品として利用されています。また、アオイゴショウ（P. umbellatum）やP. peltatum、P. sarmentosumなどは食用、特に野菜として利用されることもあります。コショウ、ヒハツ、ヒハツモドキ、ヒッチョウカ、キンマ、カヴァ、アオイゴショウ、フウトウカズラなどは、薬用植物としても利用されます。一方で、P. magnificumやP. ornatum、P. sylvaticumのような種は、美しい葉を持つことから観葉植物として親しまれています。

コショウ属は2,000種を超える非常に大きな属であり、その形態の多様性から、過去にはいくつかの独立した属に分割されたり、多くの亜属や節に細かく分けられてきました。しかし、近年の分子系統学的な研究により、コショウ属内の系統関係がより明確になってきています。これらの研究は、コショウ属がおおよそ10個の系統群から構成され、それらが主にアジア、南太平洋、アメリカ大陸に分布する3つの大きなグループに分けられる可能性を示唆しています。ただし、アメリカ大陸の系統群については単系統性が完全に支持されない場合もあります。アフリカ産の種は少ないですが、分子データからは、アジア系統群と南太平洋系統群から独立してアフリカに進出したことが示唆されています。

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