コスビー・ショー

コスビー・ショー (The Cosby Show)

『コスビー・ショー』は、コメディアンで俳優のビル・コスビーが主演を務め、1984年9月20日から1992年4月30日まで足かけ8年間にわたり、アメリカNBCネットワークで放映されたシチュエーション・コメディ（シットコム）です。ニューヨーク州ブルックリン区に暮らす裕福なアフリカ系アメリカ人家庭、ハクスタブル一家の温かみのある日常と、時には社会問題にも触れる内容が特徴で、多くの視聴者に愛され、全米で絶大な人気を誇りました。

制作の経緯

番組企画の始まりは、1980年代初頭にABCの幹部だったマーシー・カーシーとトム・ワーナーが、独立して自身の制作会社を立ち上げたことに遡ります。彼らは新たなシットコムの企画を模索する中で、コメディアンとして高い評価を得ていたビル・コスビーに着目しました。過去にシットコム出演で成功していなかったコスビーでしたが、彼のスタンドアップ・コメディに感銘を受けたカーシーとワーナーは、コスビー自身の経験を基にした番組制作を打診しました。当初、コスビーは労働者階級の家庭を舞台とするアイデアを持っていましたが、妻カミール・コスビーのアドバイスもあり、父親が医師、母親が弁護士という、より成功したキャリアを持つ夫婦と子供たちの物語へと設定を変更し、これが番組の基盤となりました。

コスビーは単なる主演にとどまらず、番組の制作に深く関与し、特に教育的な視点を重視しました。当時の多くの番組制作がロサンゼルスで行われる中、彼は自身の拠点であるニューヨークでの制作を強く希望し、実現させました。劇中に登場するハクスタブル家の外観は、マンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジにある建物がロケ地として使用されました。

物語とテーマ

物語の舞台は、ブルックリン・ハイツにある重厚なブラウンストーンの建物に暮らすハクスタブル一家。家族の中心は、産婦人科医である父クリフと、弁護士である母クレア。彼らと5人の個性豊かな子供たち――長女サンドラ、次女デニース、三女ヴァネッサ、長男テオ、四女ルーディ――、そして彼らを取り巻く人々との交流が描かれます。

本作の画期的だった点は、アフリカ系アメリカ人の家族が、ステレオタイプではなく、知性的で愛情深く、経済的にも安定した上位中流階級として描かれたことです。これは当時のアメリカのテレビ番組において多様性を表現する上で重要な意味を持ちました。番組には、スティーヴィー・ワンダーやレナ・ホーンといった著名な黒人音楽家がゲスト出演したり、ジャズ、ブルース、アフロキューバンなど、アフリカ系ルーツを持つ音楽が頻繁に使用されたりするなど、豊かなアフリカ系アメリカン文化が随所に散りばめられていました。また、アフリカ南部の文化に触れるエピソードもあり、アフリカ系文化を理解する上で教育的な側面も持ち合わせていました。

ユーモアと社会問題

『コスビー・ショー』は基本的に温かいユーモアに溢れたコメディですが、当時のアメリカ社会が抱える様々な現実的な問題にも触れることがありました。例えば、ビル・コスビーの実の息子をモデルにしたと言われる長男テオが抱える学習障害（ディスレクシア）、デニースの友人の予期せぬ妊娠、薬物依存が家族に破産危機をもたらす問題など、コメディの枠を超えたシリアスなテーマも扱われました。

特に、テオがディスレクシアという困難に立ち向かいながら大学を卒業し、さらには教育分野での活動を通じて自身の経験を活かしていく姿は、多くの視聴者に共感と感動を与えました。このキャラクターの物語は、学習障害に対する社会的な理解を深める一助ともなったと言われています。また、番組冒頭での薬物乱用防止に関するビル・コスビーのメッセージや、ロサンゼルス暴動の最中に放送された最終回での平和を願うコメントなど、コスビーの社会的なメッセージが込められることもありました。

社会的影響と評価

『コスビー・ショー』は、その描く家族像とテーマを通じて、アメリカ社会に大きな影響を与えました。成功したアフリカ系アメリカ人家庭の姿を示すことで、多様性の肯定的な表現として高く評価されました。テオの成長物語は、教育や困難への向き合い方について多くの視聴者に示唆を与え、番組で使われた「私がこの世に送り出したのだから、責任を持って君を外の世界に出す」といった趣旨のクリフのセリフは、広く知られる有名な言葉となりました。ディスレクシアをはじめとする学習障害への社会的な認知度向上にも貢献したと言われています。

ビル・コスビー演じる父クリフ・ハクスタブルは、「アメリカで最も愛される父親像」の一つとして記憶されるほど、そのキャラクターは広く受け入れられました。番組は放送期間中の多くの年で高い視聴率を記録し、ニールセン社の調査では異例の5年連続で全米視聴率第1位という記録を打ち立て、『All in the Family』や『アメリカン・アイドル』といった伝説的な番組と並ぶ歴史的な成功を収めました。

主な登場人物

クリフ・ハクスタブル: 産婦人科医。演：ビル・コスビー
クレア・ハクスタブル: 弁護士。演：フィリシア・ラシャド
サンドラ・ハクスタブル・ティビドゥ: 長女。演：サブリナ・ルブーフ
デニース・ハクスタブル・ケンドール: 次女。演：リサ・ボネット
ヴァネッサ・ハクスタブル: 三女。演：テンペスト・ブレッドソー
テオドア・ハクスタブル: 長男。演：マルコム・ジャマル・ウォルナー
* ルーディ・ハクスタブル: 四女。演：ケシア・ナイト・プリアム

物語の進行とともに、サンドラの夫エルヴィン、デニースの夫マーティンとその娘オリヴィア、クレアの親戚の娘パムなど、新たな主要キャラクターも登場し、家族の物語に彩りを加えました。

エピソードとセットの変遷

番組制作の初期段階では、子供の人数設定に変化がありました。最初の5エピソードでは子供は4人という設定でしたが、ビル・コスビーが大学を卒業する子供の物語を描きたいという意向から、急遽長女サンドラのキャラクターが追加され、第10話で初登場する際に5人家族という設定に修正されました。また、パイロット版を含む初期のセットデザイン（リビングや寝室など）は、後のエピソードとは異なっていました。

オープニングテーマ

番組のオープニングテーマ曲は、そのアレンジがシーズンごとに変わることが特徴的でした。ラテン、ヒップホップ、コーラス、ジャズなど、様々な音楽ジャンルで演奏され、視覚的なオープニング映像と共に番組の多様な雰囲気を表現していました。最終回では、過去シーズンの映像を編集した特別なオープニングバージョンが使用されました。

日本での放送

日本では、1989年6月12日から1993年6月1日までNHK BS2で放送されました。日本語吹き替え版では、主人公クリフ・ハクスタブルの声をベテラン声優の田中信夫が担当し、日本の視聴者にも親しまれました。

また、『コスビー・ショー』からは、ハクスタブル家の次女デニースが通う大学を舞台にしたスピンオフドラマ『A Different World』が生まれ、1987年から1993年にかけて6年間放送されました。

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