コル・ニドライ (ブルッフ)

コル・ニドライ 作品47

マックス・ブルッフ（Max Bruch, 1838-1920）が作曲した『コル・ニドライ』（Kol Nidrei, Adagio für Violoncell mit Orchester und Harfe, nach Hebräischen Melodieen） 作品47は、チェロとオーケストラが協奏的に演奏する形式をとる単一楽章の作品です。この曲は、ブルッフの最もよく知られた作品の一つとして、ヴァイオリン協奏曲第1番やスコットランド幻想曲と並び称され、特にチェリストたちにとって重要なレパートリーとなっています。

作品の背景と歴史

この作品は1880年にイングランドのリヴァプールで作曲が完了しました。翌1881年にはドイツのベルリンで初演され、同年に楽譜が出版されています。初演のチェロ独奏を務めたのは、当時の著名なチェリストであり、本作のチェロパートについて技術的な助言も行ったロベルト・ハウスマンです。ブルッフはこの作品をハウスマンに献呈しており、二人の関係性の深さがうかがえます。初演は大きな成功を収め、それ以来、『コル・ニドライ』は多くのチェリストによって演奏され、聴衆に親しまれています。

インスピレーションの源泉

『コル・ニドライ』の核心をなすのは、ユダヤ音楽から着想を得た二つの旋律です。第一の主要旋律は、ユダヤ教の贖罪日（ヨム・キプル）にシナゴーグで歌われる荘厳な祈りの歌「コル・ニドレ」（意味は「すべての誓い」）の旋律です。この旋律は古くから伝わる典礼歌であり、その深く悲哀に満ちた響きが作品に強い印象を与えています。

もう一つの旋律は、イギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロン（George Gordon Byron, 1788-1824）の詩に基づき、オーストラリアに移住したユダヤ系イギリス人の作曲家アイザック・ネイサン（Isaac Nathan, 1790-1864）が作曲した哀歌「ああ、彼等のために泣け」（"Oh weep for those"）です。この旋律もまた、メランコリックで叙情的な性格を持っています。

ブルッフは幅広い民族音楽に関心を寄せており、ユダヤ音楽もその探求の一環として捉えていました。彼はユダヤ音楽そのものを作曲しようとしたわけではなく、これらの旋律を素材として借用し、彼自身のロマン派の豊かな音楽語法の中で再構築しています。そのため、原旋律は素材として用いられつつも、楽曲全体としてはブルッフならではの構成と表現によって展開されています。

ブルッフ自身はプロテスタントであり、これらのユダヤ旋律に初めて触れたのは、彼の師であるフェルディナント・ヒラー（Ferdinand Hiller, 1811-1885）が彼をベルリンの著名なカントール（ユダヤ教の典礼歌手）であるアブラハム・ヤコブ・リヒテンシュタイン（Abraham Jacob Lichtenstein, 1806-1880）に紹介した時のことでした。リヒテンシュタインは、ユダヤ教徒でありながら多くのキリスト教徒の音楽家と強い関係を築いていた人物であり、ブルッフのユダヤ音楽に対する興味を深める上で重要な役割を果たしました。

楽器編成

本作は以下の編成で演奏されます。

独奏チェロ
フルート 2
オーボエ 2
クラリネット 2
ファゴット 2
ホルン 4
トランペット 2
トロンボーン 3
ティンパニ
ハープ
* 弦五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

ハープが加えられているのは、特に第二の旋律「ああ、彼等のために泣け」の描写において効果的に用いられるためです。

楽曲の構成

『コル・ニドライ』は単一楽章の作品ですが、形式的には自由でありつつも、大きく二つの部分に分けて捉えることができます。

全体はニ短調、4/4拍子、アダージョ・マ・ノン・トロッポのテンポ指定で始まります。演奏時間は約10分程度です。

前半部分は、管弦楽による短い序奏で幕を開け、続いて独奏チェロが低音域で第一の旋律「コル・ニドレ」を、内省的な雰囲気で静かに奏でます。この旋律の持つ深い悲哀や敬虔さが表現されます。

後半部分では、楽曲はニ長調に移り、テンポはウン・ポコ・ピウ・アニマートとなります。ここで、第二の旋律「ああ、彼等のために泣け」が現れます。この歌謡的で抒情的な旋律はハープの伴奏を伴い、独奏チェロによって情感豊かに歌われます。

二つの異なる性格を持つ旋律が対比されつつも、全体として統一感のある音楽的な流れが作られています。ブルッフはこれらの旋律を、ロマン派音楽の豊かな和声とオーケストレーションによって巧みに展開し、チェロの美しい音色を最大限に引き出しています。

『コル・ニドライ』は、ユダヤ音楽の魂ともいえる旋律と、ドイツ・ロマン派音楽の表現力が融合した、ブルッフの創作における独自の成果と言えるでしょう。その深い情感とチェロの魅力的な響きにより、発表以来今日まで、世界中の聴衆に愛され続けています。

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