コーリ・スペッツァーティ

コーリ・スペッツァーティ（分割合唱）とは

コーリ・スペッツァーティ（cori spezzati）は、ルネサンス音楽およびバロック音楽において見られる、特にモテットの作曲技法のひとつです。空間的に離れた複数の合唱隊が、交互に歌い継ぐという独特な書法が特徴で、盛期ルネサンスの多声音楽において重要な位置を占め、バロック音楽の形成にも影響を与えました。

直訳すると「分けられた合唱隊」という意味になり、「分割合唱」という訳語の由来となっています。また、「複合唱」という訳語は、ドイツ語の Mehrchörigkeit、またはその英訳である polychoral style に由来します。

歴史と変遷

複合唱様式は、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の特殊な建築様式から生まれました。向かい合った聖歌隊席の間で生じる音の反響に着目した作曲家たちが、この効果を意図的に利用したのが始まりです。

近代的な指揮法が確立する以前は、離れた場所にいる複数の合唱隊に同時に同じ音楽を演奏させることは困難でした。そのため、1540年代にサン・マルコ大聖堂の楽長を務めたアドリアン・ヴィラールトは、アンティフォナ（交唱）様式を用いてこの問題を解決しました。向かい合った聖歌隊に次々と歌わせることで、楽曲に豊かな対比を生み出したのです。

このステレオ効果が人気を博すると、他の作曲家たちもすぐにこの手法を模倣し始め、サン・マルコ大聖堂だけでなく、イタリア各地の大聖堂で採用されるようになりました。

この様式は、ルネサンス音楽からバロック音楽への移行期を特徴づける要素の一つでもあります。別々の合唱隊が交互に歌うというアイデアは、次第にコンチェルタート様式へと発展し、様々な楽器や声部の組み合わせによって、コラール・カンタータ、コンチェルト・グロッソ、ソナタといった多様な音楽形式が生まれるきっかけとなりました。

複合唱様式の発展のピークは、1580年代後半から1590年代にかけてでした。当時、サン・マルコ大聖堂の楽長はジョゼッフォ・ツァルリーノでしたが、作曲家として特に重要な役割を果たしたのはジョヴァンニ・ガブリエーリです。ガブリエーリは、楽器編成を具体的に指定した最初の作曲家の一人であり、大人数の吹奏楽を積極的に起用しました。また、強弱法やエコー、音色の効果を追求し、複合唱様式を大きく発展させたことで知られています。

サン・マルコ大聖堂の壮麗で豊かな響きはヨーロッパ中に広まり、多くの音楽家がヴェネツィアを訪れて現地の音楽を研究し、自国に持ち帰りました。特にドイツでは、多くの作曲家がヴェネツィア様式を参考にしながら、独自の複合唱様式を発展させました。また、スペインの作曲家ビクトリアも、この手法を用いて数多くのミサ曲を作曲しています。

1603年以降、サン・マルコ大聖堂の音楽には通奏低音が導入され、バロック・カンタータの成立へと繋がっていきます。しかし、次第にコンチェルタート様式が主流となり、複合唱様式は過去のものとなっていきました。1612年にモンテヴェルディがサン・マルコ大聖堂の楽長に就任し、音楽の水準を引き上げましたが、複合唱様式はすでに時代遅れとなっていました。

代表的な作曲家

ルネサンス音楽

アドリアン・ヴィラールト
ジョゼッフォ・ツァルリーノ
チプリアーノ・デ・ローレ
アンドレーア・ガブリエーリ
クラウディオ・メールロ
ジョヴァンニ・ガブリエーリ
ハンス・レーオ・ハスラー
グレゴリオ・アレグリ: ミゼレーレ
晩年のラッススも分割合唱のための宗教曲を作曲

バロック音楽

クラウディオ・モンテヴェルディ
ハインリヒ・シュッツ

19世紀以降

フェリックス・メンデルスゾーン: いくつかの宗教曲における二重合唱の利用

主要作品

アドリアン・ヴィラールト: 《分割合唱による詩篇集 Salmi spezzati》
アンドレーア・ガブリエーリ: 《ダヴィデ詩篇集 Psalmi Davidici》
ジョヴァンニ・ガブリエーリ: 《宗教曲集（サクレ・シンフォニエ） Sacrae Symphoniae》より
教会にて In ecclesiis
ピアノとフォルテのソナタ Sonata pian' e forte
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ: モテットと《マタイ受難曲》における二重合唱
* ヨハネス・ブラームス: 交響曲第4番第1楽章第1主題において、ガブリエーリ流のエコー効果の応用

外部リンク

Musical Space: an inquiry into three kinds of audible space

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