ゴドレイ&クレーム
ゴドレイ＆クレーム（Godley & Creme）は、イギリスのミュージシャンであり映像作家でもあるケヴィン・ゴドレイとロル・クレームによって結成されたデュオです。彼らは、かつてプログレッシブ・ロックバンド10ccの中核メンバーとして活動していましたが、その脱退後にデュオとしての道を歩み始めました。
彼らの活動は大きく二つの側面を持ちます。一つは、10cc時代から培った先駆的なスタジオ技術と実験精神をさらに発展させた、独創的なアヴァン・ポップを創造した音楽家としての顔。もう一つは、特に1980年代のMTVブームにおいて、斬新で記憶に残るミュージック・ビデオを数多く監督した映像作家としての顔です。
ケヴィンとロルが出会ったのは1960年、マンチェスター近郊のプレストウィッチでのことです。当時8mmフィルムでドラキュラ映画を自主制作していたケヴィンが、せむしのイゴール役を探しており、共通の友人を通じて同じ通りに住むロルに白羽の矢を立てたのが始まりでした。二人はすぐに意気投合し、絵、音楽、映画といった芸術への共通の情熱を分かち合う親友となります。この出会いが、その後の30年近くにわたる共同作業の礎となりました。
映画制作の後、二人は地元マンチェスターで音楽活動を始めます。ケヴィンはドラムに転向し、ロルと共にバンド「The Sabres」で活動。同時期には、後に10ccで共にすることになるグレアム・グールドマン率いる「The Whirlwinds」とも交流がありました。ロルが提供した楽曲が「The Whirlwinds」のレコードB面に採用されるなど、若い才能たちの間で刺激的な関係が育まれます。
音楽と並行して、二人はそれぞれマンチェスターやバーミンガムのアートスクールに進学し、グラフィックデザインなどを学びました。学内でも音楽とアートを融合させた創作活動を行い、彼らの多角的な表現の基礎を築いていきます。アートスクール在学中にケヴィンはグレアムに誘われ、「The Mockingbirds」に参加しシングルデビューを果たしますが、学業との両立が難しく脱退。ロルもまた地元のクラブでセッション活動を行うなど、個々に音楽経験を積みました。
卒業後、再びコンビを組んだ二人は、ハーマンズ・ハーミッツの宣伝広告制作やコンサートポスターデザインといった裏方の仕事で生計を立てながら、楽曲制作に取り組みます。「The Yellow Bellow Room Boom」名義でのシングル発表を経て、本格的な音楽活動を開始。1969年には、ヤードバーズのマネージャーに見出され、「Frabjoy & Runcible Spoon」としてレコード制作の話が進みますが、レーベルの資金難によりアルバム発表は頓挫しました。しかしこのセッションにはグレアムやエリック・スチュワートも参加しており、後の10ccの布陣がすでに揃っていたのです。
その後、二人はグレアム、エリックと共にホットレッグス、そして10ccを結成。10ccは「Rubber Bullets」「I'm Not In Love」といった世界的なヒットを放ち、革新的なスタジオワークを駆使したユニークなサウンドで大きな成功を収めます。
しかし、1976年、ケヴィンとロルは10ccからの脱退を決断します。公式な理由はギターアタッチメント「ギズモトロン」の開発に専念するためとされましたが、実際には音楽性の違いや、ライブ活動への疲弊、そして以前から関心のあった映像分野への進出意欲などが複雑に絡み合っていました。
ギズモトロンは、彼らが10cc結成以前の1971年から構想していたもので、ギター弦に回転する小さな歯車を接触させることで、無限のサステインやストリングスのようなサウンドを生み出す画期的な装置でした。10ccのアルバム『シート・ミュージック』でも一部使用されていましたが、二人はこの装置の可能性をさらに追求したいと考えたのです。このギズモトロンを核とした壮大なコンセプトアルバムの構想が膨らみ、これが10ccの他のメンバーとの音楽的方向性の違いを明確にする一因となりました。
10cc脱退後、1977年に「ロル・クレーム＆ケヴィン・ゴドレイ」名義で、ギズモトロンを大々的にフィーチャーした3枚組のコンセプトアルバム『ギズモ・ファンタジア』（原題：Consequences）を発表します。壮大なスケールと実験性に満ちた作品でしたが、「難解」「自己満足」といった批評を受け、商業的には成功とは言えませんでした。
この経験を経て、二人は翌1978年、「ゴドレイ＆クレーム」名義で再出発を図ります。アルバム『L』は、より洗練されたアヴァンギャルドなサウンドで新境地を開拓し、彼ら自身も最も気に入っている作品と語っています。続く『フリーズ・フレーム』（1979年）では、さらにポップでカラフルなサウンドを展開しました。
そして1980年、『フリーズ・フレーム』収録曲「ニューヨークのイギリス人」でミュージック・ビデオを初監督。これが彼らの映像作家としてのキャリアの幕開けとなります。自らMV監督として活動を売り込み始めると、ヴィサージの「フェイド・トゥ・グレイ」を手掛けたことで注目を集め、ポリス、デュラン・デュラン、ハービー・ハンコックといったトップアーティストのMVを次々と監督することになります。
1981年に発表したアルバム『イズミズム』は、ラップを取り入れるなど新たな試みが見られ、シンセポップ調の「アンダー・ユア・サム」（全英3位）やモータウン調の「ウェディング・ベルズ」（全英7位）といったヒットシングルを生み出し、本国イギリスで最も商業的に成功したアルバムとなりました。続く『バーズ・オブ・プレイ』（1983年）では、ボーカルを重視したソウルフルな作風に接近します。
ゴドレイ＆クレームのMVは、当時の音楽業界に大きな衝撃を与えました。ハービー・ハンコックの「ロックイット」（1983年）では、ストップモーションアニメーションやロボット工学を駆使した映像が絶賛され、MTVビデオ・ミュージック・アワードで五部門を受賞。ポリスの「見つめていたい」（1983年）では、印象的なクローズアップと退廃的な美学が話題を呼びました。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Two Tribes」（1984年）では、冷戦を風刺した過激な描写が物議を醸しつつも大きな反響を呼びました。彼らはMTV創成期の最も影響力のある監督の一組となり、1985年にはMTVアワードで「ビデオ革新賞」を受賞しています。
1985年には、自身の過去の楽曲をセルフサンプリングしたアルバム『ヒストリー・ミックス』を発表。ここからのシングル「クライ」は、顔が次々とモーフィング（正確にはオーバーラップ）していく革新的なMVと共に大ヒットし、全米チャート16位を記録、デュオ唯一の全米トップ40ヒットとなりました。
しかし、80年代後半になると、MV制作の商業化と大量生産化に疑問を感じ始め、徐々に監督のペースを落としていきます。1988年発表の最後のオリジナルアルバム『グッドバイ・ブルー・スカイ』は、終末観をテーマにしたシリアスな内容で、ハーモニカを多用したアコースティックなサウンドは賛否両論を呼びました。
音楽活動と並行して計画していた長編映画の制作が中止になったこともあり、1989年にゴドレイ＆クレームは突然コンビを解消します。ロルは後年のインタビューで、ケヴィンの人生における優先順位の変化が原因であり、仕事の関係が自分たちの生活を支配してしまった結果だと語っています。
デュオ解消後、ケヴィンは主にソロで映像監督として活動を続け、ロルは美術家としての活動や、後に10ccに復帰するなど多方面で活動しています。
2022年には、かつて頓挫した「Frabjoy & Runcible Spoon」名義のアルバム音源を収録したコンピレーションが発売され、彼らのキャリアの隠された一面が明らかになりました。ゴドレイ＆クレームは、既存のジャンルに収まらない音楽性と、映像表現における先駆的な才能で、ポピュラーカルチャー史にユニークな足跡を残しています。彼らの作品は、今なお多くのアーティストや映像クリエイターに影響を与え続けています。
主要なヒット曲としては、前述の「クライ」「アンダー・ユア・サム」「ウェディング・ベルズ」「ニューヨークのイギリス人」などが挙げられます。これらの楽曲は、彼らの音楽性の多様性を示すと共に、時にユーモラスで、時に深遠な歌詞世界も魅力的です。
ディスコグラフィには、『ギズモ・ファンタジア』、『L』、『フリーズ・フレーム』、『イズミズム』、『バーズ・オブ・プレイ』、『ヒストリー・ミックス Vol.1』、『グッドバイ・ブルー・スカイ』といったスタジオアルバムに加え、複数のコンピレーションやボックスセットがあります。
彼らの創造性は音楽だけにとどまらず、無名時代にはペーパークラフト本のイラストレーションを手掛けたり、画集を出版したりと、多様な形でその才能を発揮しました。
彼らの活動は大きく二つの側面を持ちます。一つは、10cc時代から培った先駆的なスタジオ技術と実験精神をさらに発展させた、独創的なアヴァン・ポップを創造した音楽家としての顔。もう一つは、特に1980年代のMTVブームにおいて、斬新で記憶に残るミュージック・ビデオを数多く監督した映像作家としての顔です。
出会いから音楽の道へ
ケヴィンとロルが出会ったのは1960年、マンチェスター近郊のプレストウィッチでのことです。当時8mmフィルムでドラキュラ映画を自主制作していたケヴィンが、せむしのイゴール役を探しており、共通の友人を通じて同じ通りに住むロルに白羽の矢を立てたのが始まりでした。二人はすぐに意気投合し、絵、音楽、映画といった芸術への共通の情熱を分かち合う親友となります。この出会いが、その後の30年近くにわたる共同作業の礎となりました。
映画制作の後、二人は地元マンチェスターで音楽活動を始めます。ケヴィンはドラムに転向し、ロルと共にバンド「The Sabres」で活動。同時期には、後に10ccで共にすることになるグレアム・グールドマン率いる「The Whirlwinds」とも交流がありました。ロルが提供した楽曲が「The Whirlwinds」のレコードB面に採用されるなど、若い才能たちの間で刺激的な関係が育まれます。
音楽と並行して、二人はそれぞれマンチェスターやバーミンガムのアートスクールに進学し、グラフィックデザインなどを学びました。学内でも音楽とアートを融合させた創作活動を行い、彼らの多角的な表現の基礎を築いていきます。アートスクール在学中にケヴィンはグレアムに誘われ、「The Mockingbirds」に参加しシングルデビューを果たしますが、学業との両立が難しく脱退。ロルもまた地元のクラブでセッション活動を行うなど、個々に音楽経験を積みました。
卒業後、再びコンビを組んだ二人は、ハーマンズ・ハーミッツの宣伝広告制作やコンサートポスターデザインといった裏方の仕事で生計を立てながら、楽曲制作に取り組みます。「The Yellow Bellow Room Boom」名義でのシングル発表を経て、本格的な音楽活動を開始。1969年には、ヤードバーズのマネージャーに見出され、「Frabjoy & Runcible Spoon」としてレコード制作の話が進みますが、レーベルの資金難によりアルバム発表は頓挫しました。しかしこのセッションにはグレアムやエリック・スチュワートも参加しており、後の10ccの布陣がすでに揃っていたのです。
10ccでの成功と脱退
その後、二人はグレアム、エリックと共にホットレッグス、そして10ccを結成。10ccは「Rubber Bullets」「I'm Not In Love」といった世界的なヒットを放ち、革新的なスタジオワークを駆使したユニークなサウンドで大きな成功を収めます。
しかし、1976年、ケヴィンとロルは10ccからの脱退を決断します。公式な理由はギターアタッチメント「ギズモトロン」の開発に専念するためとされましたが、実際には音楽性の違いや、ライブ活動への疲弊、そして以前から関心のあった映像分野への進出意欲などが複雑に絡み合っていました。
ギズモトロンは、彼らが10cc結成以前の1971年から構想していたもので、ギター弦に回転する小さな歯車を接触させることで、無限のサステインやストリングスのようなサウンドを生み出す画期的な装置でした。10ccのアルバム『シート・ミュージック』でも一部使用されていましたが、二人はこの装置の可能性をさらに追求したいと考えたのです。このギズモトロンを核とした壮大なコンセプトアルバムの構想が膨らみ、これが10ccの他のメンバーとの音楽的方向性の違いを明確にする一因となりました。
ゴドレイ＆クレーム期：音楽と映像の融合
10cc脱退後、1977年に「ロル・クレーム＆ケヴィン・ゴドレイ」名義で、ギズモトロンを大々的にフィーチャーした3枚組のコンセプトアルバム『ギズモ・ファンタジア』（原題：Consequences）を発表します。壮大なスケールと実験性に満ちた作品でしたが、「難解」「自己満足」といった批評を受け、商業的には成功とは言えませんでした。
この経験を経て、二人は翌1978年、「ゴドレイ＆クレーム」名義で再出発を図ります。アルバム『L』は、より洗練されたアヴァンギャルドなサウンドで新境地を開拓し、彼ら自身も最も気に入っている作品と語っています。続く『フリーズ・フレーム』（1979年）では、さらにポップでカラフルなサウンドを展開しました。
そして1980年、『フリーズ・フレーム』収録曲「ニューヨークのイギリス人」でミュージック・ビデオを初監督。これが彼らの映像作家としてのキャリアの幕開けとなります。自らMV監督として活動を売り込み始めると、ヴィサージの「フェイド・トゥ・グレイ」を手掛けたことで注目を集め、ポリス、デュラン・デュラン、ハービー・ハンコックといったトップアーティストのMVを次々と監督することになります。
1981年に発表したアルバム『イズミズム』は、ラップを取り入れるなど新たな試みが見られ、シンセポップ調の「アンダー・ユア・サム」（全英3位）やモータウン調の「ウェディング・ベルズ」（全英7位）といったヒットシングルを生み出し、本国イギリスで最も商業的に成功したアルバムとなりました。続く『バーズ・オブ・プレイ』（1983年）では、ボーカルを重視したソウルフルな作風に接近します。
MV界の革新者として
ゴドレイ＆クレームのMVは、当時の音楽業界に大きな衝撃を与えました。ハービー・ハンコックの「ロックイット」（1983年）では、ストップモーションアニメーションやロボット工学を駆使した映像が絶賛され、MTVビデオ・ミュージック・アワードで五部門を受賞。ポリスの「見つめていたい」（1983年）では、印象的なクローズアップと退廃的な美学が話題を呼びました。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Two Tribes」（1984年）では、冷戦を風刺した過激な描写が物議を醸しつつも大きな反響を呼びました。彼らはMTV創成期の最も影響力のある監督の一組となり、1985年にはMTVアワードで「ビデオ革新賞」を受賞しています。
1985年には、自身の過去の楽曲をセルフサンプリングしたアルバム『ヒストリー・ミックス』を発表。ここからのシングル「クライ」は、顔が次々とモーフィング（正確にはオーバーラップ）していく革新的なMVと共に大ヒットし、全米チャート16位を記録、デュオ唯一の全米トップ40ヒットとなりました。
しかし、80年代後半になると、MV制作の商業化と大量生産化に疑問を感じ始め、徐々に監督のペースを落としていきます。1988年発表の最後のオリジナルアルバム『グッドバイ・ブルー・スカイ』は、終末観をテーマにしたシリアスな内容で、ハーモニカを多用したアコースティックなサウンドは賛否両論を呼びました。
コンビ解消、そして現在
音楽活動と並行して計画していた長編映画の制作が中止になったこともあり、1989年にゴドレイ＆クレームは突然コンビを解消します。ロルは後年のインタビューで、ケヴィンの人生における優先順位の変化が原因であり、仕事の関係が自分たちの生活を支配してしまった結果だと語っています。
デュオ解消後、ケヴィンは主にソロで映像監督として活動を続け、ロルは美術家としての活動や、後に10ccに復帰するなど多方面で活動しています。
2022年には、かつて頓挫した「Frabjoy & Runcible Spoon」名義のアルバム音源を収録したコンピレーションが発売され、彼らのキャリアの隠された一面が明らかになりました。ゴドレイ＆クレームは、既存のジャンルに収まらない音楽性と、映像表現における先駆的な才能で、ポピュラーカルチャー史にユニークな足跡を残しています。彼らの作品は、今なお多くのアーティストや映像クリエイターに影響を与え続けています。
主要なヒット曲としては、前述の「クライ」「アンダー・ユア・サム」「ウェディング・ベルズ」「ニューヨークのイギリス人」などが挙げられます。これらの楽曲は、彼らの音楽性の多様性を示すと共に、時にユーモラスで、時に深遠な歌詞世界も魅力的です。
ディスコグラフィには、『ギズモ・ファンタジア』、『L』、『フリーズ・フレーム』、『イズミズム』、『バーズ・オブ・プレイ』、『ヒストリー・ミックス Vol.1』、『グッドバイ・ブルー・スカイ』といったスタジオアルバムに加え、複数のコンピレーションやボックスセットがあります。
彼らの創造性は音楽だけにとどまらず、無名時代にはペーパークラフト本のイラストレーションを手掛けたり、画集を出版したりと、多様な形でその才能を発揮しました。
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