ゴート戦争 (376年–382年)

ゴート戦争（376年-382年）：ローマ帝国衰退の序章

376年から382年にかけて繰り広げられたゴート戦争は、ゴート族がローマ帝国領、特にバルカン半島に侵入したことに始まる一連の出来事です。この戦いは、後の西ローマ帝国滅亡へと繋がるローマ帝国衰退の重要な転換点として位置づけられています。

戦争勃発の背景

376年の夏から秋にかけて、フン族の侵略を受けたゴート族は、約10万人もの大規模な集団でドナウ川を越え、ローマ帝国の国境地帯に避難を求めてきました。ゴート族の指導者フリティゲルンは、ローマ皇帝ウァレンスに対し、ドナウ川南岸の帝国領内への移住を懇願します。ウァレンス帝はこれを受け入れ、トラキア地方への移住を許可するだけでなく、ドナウ川の渡河までも支援しました。

この背景には、ゴート族からローマ軍団への兵士供給の見返りとして、ローマ帝国がゴート族を保護するというフォエデラティ（同盟条約）の締結がありました。弱体化が進んでいた帝国軍を増強し、新たな納税者を確保することが、ローマ帝国側の狙いだったと考えられています。しかし、条約では帝国領内への武器持ち込みは禁止されていたにもかかわらず、国境警備兵はゴート族の武装を黙認していました。

ゴート族の反乱

帝国から与えられた土地は狭く、十分な食糧を確保することができませんでした。飢餓に苦しむゴート族は、同盟に基づき食料の供給と十分な土地の分配を要求しますが、地元の行政官はゴート族住民を奴隷として差し出すよう要求します。ウァレンス帝に窮状を訴えた結果、遠方のマルキアノポリスの市場で食料を購入するよう指示されますが、飢餓状態のゴート族住民は、町に到着するまでに多数が死亡し、到着後も城壁内への立ち入りを拒否されました。この対応に不満を募らせたゴート族代表が殺害されたことをきっかけに、ついにゴート族は反乱を起こし、376年から377年にかけてドナウ川南岸周辺の村々を略奪しました。ローマ帝国の駐屯軍は、砦に籠って防戦するだけで精一杯でした。

ハドリアノポリスの戦いとローマ帝国の敗北

377年の冬、ローマ帝国とゴート族の本格的な戦いが始まりました。ゴート族軍はドナウ川南岸からマルキアノポリスを襲撃し、ハドリアノポリス（現在のエディルネ）へと進軍します。ローマ帝国は、皇帝ウァレンス自らが率いる軍勢を派遣し、ゴート族を追撃しました。378年、コンスタンティノープルを出発し北西へ向かったローマ軍は、ハドリアノポリス近郊でゴート族軍と激突。この戦いでウァレンス帝は戦死し、ローマ軍は大敗を喫しました。

戦争の終結と影響

ハドリアノポリスの戦いに勝利したゴート族は、トラキア地方一帯を略奪し、翌379年には守りの薄かったダキアでも略奪を行いました。380年には、東ゴート族がパンノニアに侵攻しましたが、西方正帝グラティアヌスの軍によって撃退されます。フリティゲルン率いる一派はマケドニア属州に侵攻し、属州の諸都市から略奪や賠償金を徴収しました。381年、ローマ帝国軍はゴート族軍をトラキア地方まで押し戻し、382年10月2日に両者の間で休戦協定が結ばれました。

ゴート戦争は、ローマ帝国が蛮族に対して大規模な敗北を喫したことで、帝国の軍事力の低下を露呈しました。また、この戦争を機に、ゴート族をはじめとするゲルマン民族のローマ帝国領内への移住が加速し、帝国の社会構造に大きな変化をもたらしました。ゴート戦争は、西ローマ帝国滅亡へと繋がる、帝国の衰退を象徴する出来事として、歴史に深く刻まれています。

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