サドル (イスラム)

サドルの語源と歴史

サドル（صدر、sadr）は、アラビア語由来の言葉で、「胸」や「心」を意味します。この語は、特にイスラム世界において称号や官職名、人名の一要素として位置づけられ、中心的な役割を果たしてきました。特にトルコ、イラク、イランから中央アジアにかけての地域では、「中心」という意味から、最高責任者や首席の地位を示すために使用されるようになりました。

サドルの称号と官職名

サドルという語は、もともとは貴族に対する尊称として使われていました。歴史を遡ると、13世紀から14世紀にかけて、イルハン朝の時代にヘラートを支配していたクルト朝によって、宗務監督の役職名として現れるようになります。この当時、サドルはイマーム（礼拝の指導者）、カーディー（法官）、ムフタスィブ（監督官）などの役職を任免し、ワクフ（宗教寄進財）の管理も管轄していました。このように、サドルの役職はイスラムの法による社会生活と信仰の運営において中心的な役割を果たしたのです。

サドルは各都市に数人から複数設置されることが多く、その多くは地元のサイイドやウラマーといった名門家系から世襲されていました。サドルの権限は強大であり、イスラム社会の指導層を実質的に統括していました。特に定住民社会においては、民政の最高責任者として、重要な役割を担っていました。

ティムール朝の解体後、サファヴィー朝がイラン高原に登場しますが、ここでも基本的にサドルの職は現存していました。中央政府にはサドルが存在し、広大な支配地における宗教業務の全てを監督する立場として重要視されました。

オスマン帝国のサドル

オスマン帝国においては、「偉大」を意味するアザムを用いた「サドラザム」や2人の首席法官を指す「両サドル」という語が使われました。これにより、サドルが持つ権威の多様な形が見えてきます。

サドル家の歴史

イラン方面では、シーア派（十二イマーム派）の影響力を持つ著名な家系が存在します。特にイラクのサドル家は、ムハンマド・バーキル・サドルの登場によって1970年代に政治的に重要な位置を占めるようになりました。彼は1957年にダアワ党を設立し、シーア派のイスラム法学者による政治参加推進を目指しました。その後、彼はサッダーム・フセイン政権によって1980年に殺害され、指導者の多くがイランに亡命しました。ただし、彼の従兄弟であるムハンマド・サーディク・アッ＝サドルは教えを継承し、イラクで信徒を指導していきます。

ムハンマド・サーディクも1999年に暗殺され、その後、彼の息子ムクタダー・サドルがサドル派のリーダーとして浮上します。彼の影響力は当初それほど強くはなかったものの、2003年のイラク戦争によって状況が変わります。サドルシティという地域の形成を通じて、貧困層シーア派住民の間で急速に支持を広げました。

その後、サドル派内部では派閥が形成され、父親の流派と異なる過激派の支持を受ける若手指導者たちが現れるようになります。ムクタダー・サドルは最大の支持者を持つことが難しいとされていましたが、アメリカ軍との戦闘を経て、反米指導者として新たな地位を確立しました。

このように、サドルの語は官職名や有名な家系と結びつき、イスラム社会の中で重要な役割を果たしてきたのです。

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