サムソンとデリラ (グエルチーノ)

グエルチーノ『サムソンとデリラ』

イタリア・バロック絵画の巨匠、グエルチーノ（ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ、1591-1666）が1654年にキャンバスに油彩で描いた『サムソンとデリラ』（仏: Samson et Dalila, 英: Samson and Delilah）は、旧約聖書「士師記」に取材した作品です。この絵画は現在、フランスのストラスブール美術館の重要なコレクションの一つとして収められています（目録番号316）。

作品の来歴

この絵は、対作品とされる『ロトとその娘たち』（ルーヴル美術館所蔵）とともに、当時のノヴェッラ伯爵であったカルロ2世・ゴンザーガ＝ネヴェルス公からの依頼を受けて制作されました。完成後、1657年に公に納品された記録が残っています。

その後、作品は1715年から1720年の間に一度売却されています。19世紀に入ると、著名な美術収集家であるジョン・チャールズ・ロビンソンの所有となります。ロビンソンは1893年、この『サムソンとデリラ』をストラスブール美術館に寄贈しました。この寄贈は、当時同美術館の館長を務めていたヴィルヘルム・フォン・ボーデとの間に個人的な親交があり、ボーデが以前にロビンソンのコレクションから複数の作品を購入していたことに対する友情と感謝の証であったとされています。なお、過去の一部文献では、この寄贈年が1896年と記載されている場合もあります。

主題：聖書物語より

絵画の主題は、旧約聖書「士師記」第16章に語られる、イスラエルを支配していたペリシテ人に対する指導者、サムソンの悲劇的な物語です。

サムソンは神から与えられた特別な力を持つ人物として描かれています。素手で若いライオンを裂き殺したり、ロバの顎骨一本で1000人のペリシテ人を打ち倒したりするほどの怪力でしたが、女性関係においては衝動的で、ペリシテ人の女性に心を奪われることが度々ありました。

物語のクライマックスは、サムソンが敵対するペリシテ人の地ゲリラに住む女性、デリラに恋をしたことから始まります。ペリシテ人の領主たちはデリラに多額の報酬を約束し、サムソンの怪力の秘密を聞き出すよう仕向けます。サムソンは当初、偽りの秘密を語ってデリラを欺きますが、度重なるデリラの懇願と愛情の訴えに根負けし、ついに自身の力の源が、生まれた時から一度も剃ったことのない長い髪にあることを打ち明かしてしまいます。

秘密を知ったデリラは、サムソンが自分の膝で眠っている間に、ペリシテ人の手によって彼の髪を剃り落とさせます。怪力を失ったサムソンは無力となり、待ち伏せていたペリシテ人たちに容易く捕らえられ、両目を抉られた上でガザの牢獄に投獄されるという悲惨な結末を迎えます。

絵画に描かれた場面

グエルチーノの本作は、デリラがサムソンの髪を切るまさにその瞬間を捉えています。画面左側に描かれているデリラは、ハサミを手に持ち、自らサムソンの髪に鋏を入れています。この描写は、「士師記」本文で髪を切る役割を担うのが男性であったとされる記述とは異なりますが、古代ユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスが著した『ユダヤ古代誌』における解釈に倣ったものと考えられています。

デリラは、胸元が大きくはだけ、胴衣がほどけて赤いズボンの上に落ちた姿で表されており、その顔には決意や冷たい表情が浮かんでいます。一方、彼女の膝の上で深く眠り込んでいるサムソンは、兵士らしい装束をまとっています。

画面の右側、柱の陰には、力を失ったサムソンを捕らえるべく待ち構えるペリシテ人たちの姿が見えます。彼らのうち、手前に立つ一人は鎧を身に着けていますが、その後ろに控える二人は17世紀当時の衣服を着ており、時代の混交が見られます。

絵画全体の背景は非常に暗く、数本の木と厚い雲に覆われた空が描かれているのみです。この暗い背景は、場面の緊迫感と、サムソンに迫る悲劇的な運命を象徴しているようです。

様式と象徴性

この作品は、グエルチーノが晩年に到達した、より古典主義的な様式の特徴をよく示しています。構図は抑制され厳格であり、色彩も華やかさを抑えた落ち着いたトーンが主体です。特に、デリラの横顔は彫刻のように明確で力強い表現がされています。

また、本作が『ロトとその娘たち』と対として制作された事実は、作品の主題解釈において重要です。両作品は、いずれも人間的な弱さ、誘惑、そして特に「泥酔」が破滅的な結果を招くという点で共通しており、当時の鑑賞者に対する道徳的な警告として機能した可能性が指摘されています。

関連情報

本作の制作にあたっては、準備素描が存在したことが知られています。この素描では、デリラは半身像で描かれており、完成した絵画と比較すると、より若々しい表情で、体型も細身であったと伝えられていますが、現在の所在地は不明です。

この絵画は、サムソンの物語における最も劇的な瞬間を描き出し、グエルチーノの晩年における表現の成熟を示す重要な作品として、現在も多くの人々を魅了しています。

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