サムニウム人からの賄賂を拒むデンタトゥス

オランダ黄金期を代表する画家の一人、ホーファールト・フリンクが1656年に手掛けた『サムニウム人からの賄賂を拒むデンタトゥス』（オランダ語: Marcus Curius Dentatus weigert de geschenken der Samni）は、共和政ローマ期の高潔な政治家として知られるマニウス・クリウス・デンタトゥスの逸話を描いた作品です。
現在アムステルダム王宮の一部として利用されている旧市庁舎のために制作されたこの絵画は、質素な生活を重んじた執政官デンタトゥスが主題となっています。

豊かな金銀財宝を持参したサムニウムの使者たちに対し、彼は賄賂を断固として拒否し、手にした蕪を見せて自らの清廉さを示す場面が劇的に表現されています。これは、為政者のあるべき姿、すなわち不正を排し、質素であることを美徳とする「善き統治」の象徴として描かれています。

この作品は、アムステルダムに新市庁舎が建設されるにあたり、建物内部を飾る芸術作品選定の一環として描かれたと考えられています。当時の市庁舎は、市民が「善き統治」の模範を見ることで学べる場となるよう意図されており、フリンクを含む複数の芸術家が、歴史上の出来事からこのようなテーマを象徴する場面を描き競い合ったと見られています。

特に、このフリンクの作品は、フェルディナント・ボルが1652年に制作した『ガイウス・ファブリキウスに象を見せるピュロス』と対をなすものとして位置づけられています。両作品は、オランダがフランスの支配下に入り、市庁舎がルイ・ボナパルトの宮殿として転用された時代も含め、数世紀にわたり建物内に留まり続けました。これは、これら二作品がこのコンペティションにおいて特に高く評価され、採用されたことを示唆しています。

フリンクは本作によってボルを上回る評価を得たと見られ、さらに市庁舎内のギャラリーに設けられたルネット部分の壁画制作も依頼されました。しかし、彼は1660年に急逝したため、その依頼のうち完成を見ることができた壁画は一つにとどまっています。

絵画の構図は、賄賂を提示する側と拒否する側の対比を鮮やかに描いています。画面左では、デンタトゥスの召使が焼き上げた蕪を皿に乗せ、テーブルに置こうとしています。画面中央に立つデンタトゥスは、後ろを振り返りながら、差し出された財宝に対し左手で静かに拒絶の意思を示しています。彼の足元にいる飼い犬は、主人のただならぬ様子を伺うかのように見つめています。

対する画面右側には、サムニウムからの12人の使者が描かれています。彼らは、莫大な金銀財宝に全く興味を示さないデンタトゥスの態度に驚きを隠せない様子で描かれています。

特に目を引くのは、画面右下に配された半裸の召使です。彼が抱える大皿の下には、オランダ黄金時代の著名な銀細工師、アダム・ファン・フィアネンが1614年に制作した記念の水差しが大きく描かれています。この水差しは他の絵画にも登場することがありますが、本作におけるその描写は特に大きく、見る者の視線を自然と引きつけます。水差しの位置は、絵画の由来を説明する詩が記されていた場所の真上に当たるとされており、単なる装飾ではなく、作品の背景や意図に関連する重要なモティーフであった可能性が指摘されています。

この絵画は、現在もアムステルダム王宮の旧市長室に設けられた暖炉飾りの上部に飾られています。

デンタトゥスの清廉さに関するこの逸話は、フリンク以外にも多くの画家によって描かれています。例えば、ヤン・ステーンもまた同じ主題で作品を残していますが、興味深いことに、彼の作品は美術史家のコルネリス・ホフステーデ・デ・フロートによって、別の人物、別の主題である『独裁官に任命されるキンキナトゥス』として解説された経緯があります。これは、歴史上の清廉な指導者という共通のイメージから、主題が混同されることがあったことを示唆しています。

『サムニウム人からの賄賂を拒むデンタトゥス』は、単なる歴史画としてだけでなく、為政者の理想像と「善き統治」の精神を視覚的に表現した作品として、アムステルダム市庁舎という公共空間を飾るにふさわしいメッセージを内包しています。フリンクの巧みな構図と、象徴的なモティーフの配置により、この絵画は制作から数百年を経た現在も、見る者にその主題の重要性を伝えています。

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