マニウス・クリウス・デンタトゥス

マニウス・クリウス・デンタトゥスは、紀元前330年頃に生まれ、紀元前270年頃に没した共和政ローマ期の重要な政治家、軍人です。平民（プレブス）の家系出身ながら、最高公職である執政官に三度選ばれるという異例の経歴を持ち、数々の軍事的・政治的功績によって「英雄」と称されました。

伝承によると、マニウスの子として生まれた際にすでに歯が生えていたため、ラテン語で「歯のある」を意味する「デンタトゥス」という渾名がつけられたといいます。この渾名で呼ばれることが多かったようです。

略歴と主な功績

デンタトゥスは、紀元前298年から紀元前291年の間に複数回にわたり護民官を務めました。この時代、インテルレクス（最高執政官代行）を務めたアッピウス・クラウディウス・カエクスが、執政官選挙から平民出身の候補者を排除しようとする動きを見せていました。デンタトゥスはこれに対し、民会での選挙実施を元老院に認めさせるよう働きかけるなど、平民の権利を守るために抵抗しました。この活動は彼自身の政治的立場を高め、執政官候補としての道を切り開きましたが、アッピウスの強い反対により、彼が執政官に選出されたのは、アッピウスが三度インテルレクスを務めた後のことでした。

執政官としての活躍

紀元前290年に初めて執政官に就任すると、長年にわたって続いた第三次サムニウム戦争を終結させるという歴史的な偉業を成し遂げました。また、サビニ人の反乱を鎮圧し、その功績により二度の凱旋式を挙行しました。さらに、ルカニア人に対する勝利も収め、小凱旋式も行っています。軍事的成功の後、彼は国家事業であるウェリヌス湖の排水事業にも携わりました。

プラエトルとしての役割

紀元前283年、北イタリアでガリア人と戦ったアレティウムの戦いで、当時のプラエトル（法務官）であったルキウス・カエキリウス・メテッルス・デンテルが戦死すると、その後任としてデンタトゥスがプラエトルに就任しました。歴史家ポリュビオスによれば、デンタトゥスはまずガリア人に対して捕虜の返還を求めましたが、使者が殺されたことに激怒したローマ軍は、デンタトゥスの指揮のもと、ガリア人の一部族であるセノネス族を彼らの領土から徹底的に追放しました。この地に、セノネスの名を冠した植民地セナ・ガリカがアドリア海沿岸に建設されました。一説には、これらの征服活動によって、ローマの領土は約7500平方kmから約13500平方kmにまで拡大したと試算されています。

ピュロスとの戦い

紀元前275年に二度目の執政官となったデンタトゥスは、イタリア半島に侵攻していたエピロス王ピュロスとの対決に臨みました。彼は徴兵に応じない兵士の財産を売り払うなど、非常に厳格な姿勢で軍を整えました。ベネウェントゥムの戦いでは決定的な勝利とはならず引き分けに終わったものの、結果的にピュロスをイタリア半島から撤退させることに成功し、その功績で凱旋式を挙行しました。この凱旋式では、タレントゥムから略奪した品々や象が行列に加わり、かつてないほど壮麗なものであったと伝えられています。この功績が評価され、翌年も続けて執政官を務めました。

ケンソルと公共事業

紀元前272年には、ケンソル（監察官）に就任しました。任期中に同僚が死去した後も辞任せず、古代ローマで二番目に古い水道である旧アニオ水道の建設という重要な公共事業を引き継ぎました。紀元前270年には引き続き水道建設の担当者の一人として工事を進めましたが、この建設中に死去しました。建設費用には、彼が戦役で得た戦利品が充てられたといわれています。水道はその後、後任者によって完成されました。

人物像と有名な逸話

デンタトゥスは、軍事的・政治的成功を収めた一方で、極めて質素で清廉な人物として後世に語り継がれています。

ピュロスと哲学: ある時、ガイウス・ファブリキウス・ルスキヌスがピュロスの元へ使節として派遣され、テッサリアのキネアスからアテナイに快楽を追求するエピクロス主義の哲学者が存在すると聞き、大いに驚きました。ファブリキウスからこの話を聞いたデンタトゥスとティベリウス・コルンカニウスは、もしピュロスやサムニウム人がエピクロス主義に染まれば、快楽を重んじるあまり簡単に征服できるだろうと語り合ったといいます。これは、彼らが自身を犠牲にして国に尽くしたデキウス・ムスのような人物と親交があり、快楽よりも国家や名誉といった崇高な価値を追求すべきだと信じていたことを示しています。
賄賂の拒否: 彼の清貧を示す最も有名な逸話として、晩年に農業を営んで質素に暮らしていた頃、サムニウム人の使者が高価な賄賂を持参して訪れた際、デンタトゥスが囲炉裏端で蕪を焼いて食事をしていたという話があります。彼はその賄賂を断り、「私はこれを食べながら、金を持つ者たちに指図する方が性に合っている」と述べたと伝えられています。この話の真偽は定かではありません（大カトによる創作説もあります）が、多くの芸術家によって絵画の題材とされています。
戦利品と土地の分配: 彼はピュロスからの戦利品には一切手をつけず、元老院が多くの土地を割り当てようとした申し出も断り、他の市民と同じだけの土地しか受け取らなかったといいます。
厳格な徴兵: くじ引きで決まった徴兵に応じなかった若者が、護民官に助けを求めた際、デンタトゥスは「命令に従わない者はこの国には不要だ」と言い放ち、その若者の財産と身柄を売り払ったという逸話も残っています。これは彼の国家の規律に対する厳格な姿勢を示しています。

風刺詩人ユウェナリスは、彼の『風刺詩集』の中で、デンタトゥスの名を質素清廉の模範として引き合いに出し、見かけだけクリウス（デンタトゥス）のようでありながら、実際には快楽に溺れる人々を批判しています。

後世への影響

デンタトゥスの清廉さや功績は、後世のローマ人にとって理想的な市民像の一つとされました。彼の名は多くの芸術作品の題材となり、例えばオランダのデルフト工科大学の技術管理学科の学生協会は、「クリウス」という名を冠しています。

彼の生涯は、平民が努力と功績によってローマ社会で最高の地位に上り詰め、国家に貢献できることを示す模範例であり、また質素と清廉さを重んじる共和政ローマの美徳を体現する人物として、長く記憶されています。

美術作品としては、フェデーレ・フィスケッティやJean Guillaume Moitte、作者不明の作品など、多くの画家によって描かれています。

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