サリット・タナラット

サリット・タナラットの生涯：タイの激動期を駆け抜けた独裁者

サリット・タナラット（1908年6月16日 - 1963年12月8日）は、タイの軍人、政治家であり、第14代タイ首相を務めた人物です。陸軍元帥の階級まで上り詰め、日本では単に「サリット」として知られています。彼は、クーデターによって政権を奪取し、強権的な統治を行った一方で、タイの経済発展の基盤を築いた人物としても評価されています。

生い立ちと軍歴

サリットは、『カンボジア王朝年代記』の翻訳で知られるルワン・ルアンデートアナン少佐の次男としてバンコクで生まれました。母親はラオス系であり、幼少期は母方の実家があるムックダーハーン県で過ごしました。小学校卒業後、王立陸軍士官学校に進学し、1928年に卒業。その後、近衛歩兵連隊に配属され、少尉として軍人としてのキャリアをスタートさせました。

1933年に発生したボーウォーラデートの反乱では、鎮圧部隊の一員として参加し、その功績から中尉、大尉へと昇進しました。第二次世界大戦中には、パヤップ軍の第33歩兵大隊長としてビルマに進攻し、終戦まで同地に駐屯。1945年には大佐に昇進しました。戦後、他の軍関係者が冷遇される中、サリットは首都の第1歩兵連隊長に栄転し、着実に力を蓄えていきました。

クーデターと権力掌握

1947年、サリットは陸軍副司令官ピン・チュンハワンらによるクーデターに参加し、ピブーンを首相に復権させました。このクーデターを機に、軍部での地位を確立。1949年には「王宮反乱」を鎮圧し、ピブーン首相から重用されるようになりました。その後、少将、中将、大将と昇進を重ね、1954年には陸軍司令官に就任。1956年には陸軍元帥となりました。

1950年代初頭、ピブーン政権は度重なる不祥事により国民の支持を失いつつありました。その混乱に乗じて、サリットは権力掌握の機会を窺うようになります。1957年の総選挙では、不正が行われたとしてピブーン政権との対立を深め、最終的にクーデターを決意しました。

クーデターの実行

1957年の総選挙後、サリットはピブーン政権との決別を宣言。腐敗した政権への批判が高まる中、サリットは民衆の支持を集めていきました。1957年9月17日、サリットはクーデターを実行し、ピブーン首相とパオ・シーヤーノン内務大臣を追放しました。

一時的に、ポット・サーラシンが首相に就任しましたが、サリットは1958年に再びクーデターを起こし、政権を掌握しました。このクーデター後、サリットは陸海空軍、警察の代表者を募って革命評議会を組織し、自らが首相に就任しました。革命評議会は、クーデターの理由を共産主義の台頭、憲法が利己主義を助長していることだとしました。しかし、実質的には、軍部による行政掌握の永続化が目的でした。

首相としての政治姿勢と政策

首相となったサリットは、議会制民主主義はタイの国情にそぐわないと考え、国王から全権を得た自分が官僚機構や軍を通じて国民を指導するという政治姿勢を取りました。彼は、反共政策を掲げ、共産主義者や反体制派を徹底的に弾圧しました。

一方で、国民の結束を目的として王室の政治利用を図り、結果として現在見られるような国王への支持基盤を形成しました。経済面では、アヘン栽培を禁止し、日本や欧米からの借款を取り付けて経済成長を促しました。しかし、その一方で、陸軍のコネを使って企業に多くの軍人や退役軍人を送り込むなど、企業と軍部の癒着構造を作り出した張本人であるという指摘もされています。

サリットの独裁を象徴するものとして、仏暦2502臨時憲法が挙げられます。この憲法はわずか20条しかなく、首相は「国の安定のためには合法的にどんな対応措置をとることもできる」と規定していました。この憲法17条に基づき、サリットは裁判の過程を経ずに、多くの重犯罪者に対して公開射殺命令を出しました。また、当時社会を不安に陥れていた暴力団や不良集団を、「カン・ソイ」と呼ばれる残酷な投獄方法で弾圧しました。その一方で、サリットの強権的な統治によって社会秩序は大きく回復し、犯罪も減少しました。

サリット政権下では、農業から工業への転換政策も進められました。主幹道路をはじめとするインフラストラクチャーが整備され、海外からの直接投資を促進する法令も整えられました。その結果、トヨタをはじめとする日系自動車メーカーがタイに工場を建設し、タイの経済成長に大きく貢献しました。

突然の死と遺産

サリットは、在任中の1963年12月8日にマラリアに由来する肝硬変で急死しました。国王ラーマ9世は彼の死を悼み、宮中を21日間喪に服すよう命じました。サリットの死後、国軍最高司令官タノーム・キッティカチョーンが後を継ぎ、サリットの独裁的政治体制や反共親米路線は維持されました。

サリットの死後、彼の莫大な遺産が明らかになり、その汚職疑惑が問題視されました。彼が愛人たちに与えていた財産や、多数の不動産を所有していたことが報道され、国民に大きな衝撃を与えました。

サリット・タナラットは、タイにとって最も厳しく残酷な独裁者の一人であると同時に、混乱した社会秩序を回復させ、経済成長の基盤を築いた英雄でもありました。彼の遺産は、その後のタイ社会に大きな影響を与え、その評価は現在でも分かれています。

受章

サリットは、生前に数々の勲章を受章しています。その一部を以下に示します。

護憲者章（1934年）
勲四等白象勲章（1940年）
勲三等タイ王冠勲章（1941年）
チャクラ・マラ記章（1942年）
勲特等チュラチョームクラーオ勲章（1959年）
九宝石勲章騎士章（1959年）
* 勲一等ラーマーティボーディー勲章（1962年）

サリット・タナラットは、タイの歴史において重要な役割を果たした人物です。彼の功績と過ちは、現代のタイ社会においても議論され続けています。

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