サルタナ

サルタナ号沈没事故

サルタナ（SS Sultana）は、19世紀中頃のアメリカ合衆国でミシシッピ川を航行していた木造の外輪式蒸気船です。貨客船として建造されたこの船は、1865年4月に悲劇的な爆発と火災を起こし、1450人を超える（諸説あり）犠牲者を出しました。

船の履歴

サルタナ号はシンシナティの造船所で建造され、1863年に就航しました。総トン数1719トン、全長約80メートル、定員は376名でした。豪華で最新式の設備を備え、70の個室や椅子席を有していました。当初はミシシッピ川下流域での綿花輸送を主な目的としていましたが、就航後まもなく軍に徴用され、ニューオリンズとセントルイス間の航路で軍事物資の輸送を担うこととなりました。

事故に至る背景

19世紀中頃のアメリカでは、東部を除けば鉄道網はまだ十分に発達しておらず、道路網も整備されていなかったため、ミシシッピ川とその支流を利用した水運は物資や人員の重要な輸送手段でした。蒸気船が多数就航し、活発な運航が行われていましたが、政府による安全基準が存在する一方で、運航業者は利益を追求し、利用者側も安価な運賃を求める傾向があったため、不十分な資材や方法で船が建造されたり、機関の限界を超えた無理な運航が行われたりすることが少なくありませんでした。1861年に南北戦争が始まると、軍需物資や兵員の輸送需要が飛躍的に増加し、ミシシッピ水系の水運はさらに逼迫しました。これに対応するため規制が緩和され、安全基準は事実上形骸化していたのです。

酷使されていたサルタナ号は、ボイラーと冷却系統に問題を抱えていましたが、適切な修理は施されていませんでした。1865年4月、南北戦争が終結に向かう中、南部の捕虜収容所に収容されていた北軍将兵を北へ送還する作業が始まりました。この送還には政府から多額の手数料が支払われるため、船会社の間で激しい利権争いが繰り広げられ、北軍の高級将校や政治家までもが関与する不正が行われていました。サルタナ号は、帰還兵が集結していたヴィックスバーグへ向かう途中、再びボイラーの不調に見舞われましたが、修理に時間を取られることを恐れた船長は、一時的な応急処置のみで航行を続けました。船長が船の所有者の一人であり、経済的に困窮していたことから、送還担当の将校を買収してこの輸送を請け負おうとしていたことが、このような危険な判断の大きな要因でした。

事故の発生と経過

送還担当者の不正により、帰還兵はまず他の会社の船に優先的に乗せられ、乗り切れなかった膨大な数の将兵がサルタナ号に押し込められることになりました。正確な乗船者数は不明確ですが、約2300人の元捕虜に加え、女性や子供を含む約100人の一般乗客が乗船していたと推定されています。これはサルタナ号の本来の定員376名を大きく上回る、実に6倍以上の過剰な積載でした。これに乗組員約80名を加えると、合計でおよそ2500人前後が乗り込んでいたことになります。さらに、大量の砂糖、酒、家畜などの貨物も積載されていました。

サルタナ号は4月25日の夜9時頃にヴィックスバーグを出港し、ミシシッピ川を遡上しました。しかし、異常な過積載のため、船の速度は通常の半分程度にまで落ち込み、港に入出港する際にはバランスを崩して転覆寸前になるほど不安定な状態でした。

メンフィスに寄港した後、船は再び出港し、約10キロメートル上流に進んだ4月27日午前2時過ぎのことでした。サルタナ号の第3ボイラーが突如として爆発し、船はたちまち炎に包まれました。続いて他のボイラーも連鎖的に爆発を起こし、極度に過密状態にあった船内は一瞬にして大混乱の渦に包まれました。爆発により将校の多くが死亡したため、指揮系統は完全に機能不全に陥り、消火作業や乗船者の避難誘導は不可能となりました。船長は当初、乗船者の救助に努めていましたが、激流に流されて行方不明となりました。爆発や炎に巻き込まれて焼死する者、あるいは炎や混乱から逃れようと川に飛び込んで溺死する者が相次ぎました。

炎上したサルタナ号の船体は4月27日の朝にはミシシッピ川に沈没しました。幸運にも流木に掴まったり、自力で岸まで泳ぎ着いたりした者、あるいは事故を知ったメンフィスなどから駆けつけた救援船に助けられた者も少なくありませんでしたが、膨大な犠牲者を出しました。確認された遺体数は1450人と伝えられていますが、これは収容された数であり、実際には数百人が行方不明になったとも言われ、1700人あまりが犠牲になったとする説もあります。

事故後の対応と影響

サルタナ号の事故は、南北戦争の終結直後であり、さらにエイブラハム・リンカーン大統領暗殺事件という国家的な大事件と時期が重なりました。そのため、世相が極めて不安定な時期に発生したこの事故は、北部の新聞ではあまり大きく報じられることはなく、事故原因の徹底的な究明や責任追及もあいまいなままに終わりました。政府や軍当局によって事故の事実が隠蔽されたり、都合よく歪曲されたりする試みも見られました。不正に関与していた船会社や高級将校が責任を問われることはなく、事故によって被害を受けた生存者や遺族が政府に賠償を求めた訴えも顧みられることなく、この悲劇は一般社会の記憶から次第に薄れていきました。

しかし、この事故は当時のアメリカ社会に大きな教訓を残しました。特に、船の安全に対する規制は厳格化されることとなり、サルタナ号の事故以後、過積載や機関の不調が原因でこれほど大規模な海難事故を起こす船は、内陸水運において極めて稀になったと言われています。

もう一度検索