サワガニ

サワガニ（沢蟹）

サワガニ（学名：Geothelphusa dehaani）は、エビ目・カニ下目・サワガニ科に分類される日本固有のカニです。一生を淡水域で過ごす純淡水性で、渓流や小川などの清流に生息しています。学名の種名dehaaniは、日本の甲殻類研究に貢献したオランダの動物学者ウィレム・デ・ハーンに献名されたものです。

分布

サワガニは、青森県からトカラ列島の中之島まで、日本各地に分布しています。佐渡島、男女群島、壱岐諸島、種子島、隠岐諸島、五島列島、屋久島など、離島にも生息が確認されています。幼生期に海を漂うことがないため、長距離移動能力は低く、地域ごとに遺伝的な差異が見られます。

北[[海道]]では、過去に生息報告がありましたが、モクズガニとの誤認や人為的な移入の可能性が指摘されていました。しかし、2018年に北[[海道]]渡島半島でサワガニ属の一種が生息・繁殖していることが確認されましたが、在来種であるかは不明です。

特徴

サワガニは、甲幅20～30mm、脚を含めた幅が50～70mmほどの小型のカニです。体色は、黒褐色や朱色が一般的ですが、青白いもの（シミズガニ）、紫がかったものなど、地域によって変異が見られます。甲羅は滑らかで、毛や突起はありません。オスは、左右の鋏脚の大きさが異なります（右側が大きいのが一般的ですが、左側が大きい個体もいます）。

清流の上流から中流域に生息し、水質階級I（綺麗な水）の指標生物としても知られています。日中は石の下などに隠れており、夜になると活動を始めますが、雨の日には昼間でも活動します。食性は雑食で、藻類、水生昆虫、陸生昆虫、カタツムリ、ミミズなど、様々なものを食べます。

天敵としては、ヒキガエル、アカショウビン、カワセミ、カラス、モズ、サギ類、イノシシ、イタチ、イワナなどが挙げられます。春から初夏にかけて交尾を行い、メスは数十個の卵を腹肢に抱えて保護します。卵は大きく、孵化時にはすでにカニの形になっています。稚ガニもしばらくは母ガニに保護され、成長します。他のカニと異なり、一生を海と無縁に過ごします。寿命は数年から10年程度とされています。

体色

孵化時の体色は淡黄褐色ですが、成長に伴い様々な体色に変化します。体色変異は、照度、餌、底質など、生息環境に影響されると考えられています。鹿児島県では、甲幅14mm以下の個体はほぼ茶色型で、14mm以上になると青色型や赤色型になることが報告されています。また、赤色型と青色型の分布境界は、約6300年前に発生した火砕流の堆積物の分布と一致しています。

別名

サワガニは、地域によって様々な別名で呼ばれています。長崎県では「タンガネ」（田蟹）、徳島県つるぎ町では「イデンコガニ」（排水溝の蟹）、和歌山県では「ヒメガニ」（赤い体色による）などと呼ばれています。

利用

サワガニは、丸ごと唐揚げや佃煮にして食用にされます。和食の彩りや酒肴としても利用され、養殖も行われています。ただし、後述のように寄生虫の中間宿主となるため、生食や加熱不十分なものは避けるべきです。

ペットとしても人気があり、飼育は比較的容易です。ミミズやキャベツなどを与え、低水温で綺麗な水質を保ち、水槽に砂や草を植えると良いでしょう。縄張り意識が強いため、複数飼育する場合は注意が必要です。また、漆かぶれにサワガニの汁を塗るという民間療法が伝わる地域もあります。

その他、水質指標生物としても利用されています。

サワガニを中間宿主とする感染症

サワガニは、肺臓ジストマの一種であるウェステルマン肺吸虫や宮崎肺吸虫の中間宿主となります。生食や加熱不十分なものを食べると、肺気腫や気胸などの症状を引き起こす可能性があります。市販のモクズガニも感染経路として報告されているため、注意が必要です。

ウェステルマン肺吸虫症： ウェステルマン肺吸虫が原因で、成虫が肺に寄生し、血痰や胸部異常陰影が現れます。確定診断には、血痰や糞便からの虫卵検出が必要です。モクズガニも中間宿主となります。
宮崎肺吸虫症： 宮崎肺吸虫が原因で、幼虫が腸壁を突き破って胸腔や皮下まで移動しますが、肺には到達しません。胸膜炎、自然気胸、皮下腫瘤、好酸球増多などの症状が見られます。虫卵を検出することができないため、血中抗体測定法で診断します。

近縁種

トカラ列島以南の南西諸島には、サワガニは分布していませんが、近縁種が多数生息しています。これらの種は、島嶼や半島部で独自の進化を遂げましたが、分布が局地的で、多くが絶滅危惧種に指定されています。また、マダガスカルやフィリピンなど、日本国外にも近縁の淡水性カニが生息しています。

以下は、主な近縁種です。

ミカゲサワガニ (G. exigua): 大隅半島の固有種で、準絶滅危惧種。
ヤクシマサワガニ (G. marmorata): 屋久島の固有種で、2000年に新種として認められました。
サカモトサワガニ (G. sakamotoana): 奄美大島、徳之島、沖縄本島に分布し、準絶滅危惧種。
トカシキオオサワガニ (G. levicervix): 絶滅危惧I類。
オキナワオオサワガニ (G. grandiovata): 絶滅危惧II類。
イヘヤオオサワガニ (G. iheya): 絶滅危惧II類。
クメジマオオサワガニ (G. kumejima): 絶滅危惧II類。
ケラマサワガニ (G. amagui): 絶滅危惧II類。
カッショクサワガニ (G. marginata fulva): 準絶滅危惧種。
ムラサキサワガニ (G. marginata marginata): 準絶滅危惧種。
ミネイサワガニ (G. minei): 準絶滅危惧種。
リュウキュウサワガニ (G. obtusipes): 準絶滅危惧種。
アラモトサワガニ (G. aramotoi): 沖縄本島の固有種で、絶滅危惧II類。
ヒメユリサワガニ (G. tenuimana): 沖縄本島の固有種で、絶滅危惧I類。国内希少野生動植物種。
ミヤコサワガニ (G. miyakoensis): 宮古列島の固有種で、絶滅危惧I類。国内希少野生動植物種、沖縄県指定天然記念物。
センカクサワガニ (G. shokitai): 尖閣諸島魚釣島の固有種で、絶滅危惧I類。
タイワンサワガニ (G. candidiensis): 台湾に分布する小型種。
カクレサワガニ (Amamiku occulta): 絶滅危惧I類。
ヤエヤマヤマガニ (Ryukyum yaeyamense): 石垣島、西表島の山間部に生息し、準絶滅危惧種。

参考文献

荒木晶, 松浦修平 ほか、サワガニの成長 『九州大學農學部學藝雜誌』 1995年 49巻 3/4巻 p.125-132, doi:10.15017/23540
関伸一、短報 (Note) 男女群島におけるサワガニ Geothelphusa dehaani の記録 森林総合研究所研究報告 6巻 2号 p.89-92(2007-06)
小林哲、河川環境におけるカニ類の分布様式と生態 『応用生態工学』 2000年 3巻 1号 p.113-130, doi:10.3825/ece.3.113

脚注

関連項目

カロテノイド
ザリガニ

外部リンク

サワガニGeothelphusa dehaani*(WHITE)の体色変化とその分布について(予報) 『甲殻類の研究』 1976年 7巻 p.177-182a, doi:10.18353/rcustacea.7.0_177, 日本甲殻類学会

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