シギショアラ歴史地区

シギショアラ歴史地区：中世の宝石

シギショアラ歴史地区は、ルーマニアのムレシュ県に位置する、トランシルヴァニア地方独特の歴史と文化が息づく場所です。12世紀以降、トランシルヴァニア・ザクセン人によって築かれたこの城塞都市は、その保存状態の良さから「ルーマニアの宝石」とも呼ばれ、1999年にユネスコの世界遺産に登録されました。

歴史

11世紀にハンガリー領となったトランシルヴァニア地方は、12世紀から13世紀にかけて、ハンガリー王によってドイツ系の職人や商人が入植しました。彼らは「サシ」（ザクセン人）と呼ばれ、1191年にシギショアラを築きました。

標高425mの丘の上に築かれた要塞は、1241年のモンゴル帝国の侵攻を受けて強化され、14世紀には見張り塔と防壁が完成しました。シギショアラは、トランシルヴァニア・ザクセン人が築いた7つの要塞都市の一つであり、「第6要塞」を意味する「カストルム・セクス」という古名を持ちます。

都市の繁栄はギルドによって支えられ、1367年には自治都市となりました。15世紀から16世紀にかけては、オスマン帝国の脅威にさらされ、丘の下の教会周辺にも防衛施設が築かれました。

17世紀以降は、ペストの流行、大火、洪水、地震などの災害に見舞われ、都市は衰退しました。しかし、その後も山の手と下町に分かれて発展し、現在も良好な保存状態を保っています。

特筆すべきは、シギショアラの保存状態が非常に良好であることです。トランシルヴァニア地方には、タタール人やオスマン帝国の侵攻に備えた要塞聖堂が比較的良好に残っていますが、城塞都市としてはシギショアラのような形で残っているものは多くありません。シギショアラは、トランシルヴァニア・ザクセン人が入植して作られた地域 (the Land of Saschen) の北限に位置し、シビウやブラショフといった他の都市と比較しても、保存されている要素の多さで際立っています。シビウやブラショフに残る中世城塞都市の要素がそれぞれ約30%と約45%であるのに対し、シギショアラは約90%もの要素が現存していると見積もられています。

共産主義政権下では特段の保護政策はとられませんでしたが、1990年代以降、本格的な景観保存が検討されるようになりました。

主要な構成資産

世界遺産を構成するのは、城塞都市の防衛機能を担った防壁と見張り塔、広場、教会、そして赤い屋根が並ぶ中世的な景観を保持している民家群です。

時計塔と広場

時計塔は、シギショアラのランドマークであり、自治権獲得の記念として14世紀半ばに建造されました。かつて市議会の議事堂として使われていたこの塔は、1676年の大火後に再建され、バロック様式で再建されました。塔の内部は歴史博物館となっており、古代ローマ時代の生活用品からロケット工学者ヘルマン・オーベルトに関する展示まで、様々な物品が展示されています。

時計塔に隣接するヘルマン・オーベルト広場、城塞都市広場、博物館広場の3つの広場も重要な構成要素です。

ギルドの塔

ギルドに由来する名を持つ9基の塔が現存しています。これらの塔は、かつてそれぞれのギルドが防衛の責任を負っていたことを物語っています。ブリキ職人の塔、皮なめし職人の塔、綱職人の塔、精肉業者の塔、毛皮職人の塔、仕立業者の塔、製靴職人の塔、鍛冶職人の塔があり、それぞれ異なる特徴を持っています。

山上教会と屋根付き階段

山上教会は、城壁の南側、「学校の山」に位置するゴシック様式の教会です。旧市街から山上教会へは、屋根つきの木造階段を上っていきます。この教会は、1345年に記録に現れていますが、完成したのは1525年であり、トランシルヴァニア地方のゴシック建築の代表的なものとされています。内部には14世紀から15世紀の美しい壁画が現存しています。

ドミニコ会修道院付属教会

ドミニコ会修道院付属教会は、時計塔の北側にある教会で、13世紀に建造されたドミニコ会修道院に付属していました。教会はゴシック様式ですが、その後の改修でルネサンス様式やバロック様式も取り入れられています。

ヴラド・ドラクル邸

シギショアラは、ドラキュラ伯爵のモデルとして知られるヴラド3世の生誕地であり、その邸宅が現存しています。現在はレストラン「カーサ・ヴラド・ドラクル」となっており、中世武器博物館も併設されています。

登録経緯と登録基準

シギショアラ歴史地区は、1999年にユネスコの世界遺産に登録されました。登録基準は、(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠、(5) ある文化（または複数の文化）を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例、の2点です。

保存を巡る動き

シギショアラの景観保存は、共産主義体制崩壊後に本格化しました。所有権の問題、景観保護と開発のバランス、人口構成の変化など、様々な課題に取り組んでいます。また、観光客増加による景観への影響も懸念されています。2001年にはドラキュラを主題とする巨大テーマパーク建設計画が持ち上がりましたが、景観保護の観点から強い反対を受け、最終的に中止されました。

シギショアラ歴史地区は、中世の面影を色濃く残す貴重な遺産です。その美しい街並みを未来に伝えるため、様々な努力が続けられています。

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